「ああっ!」
ある晴れた日の午後。ウトウトと昼寝していたオオトカゲのタンの耳に、同居人シロズミの叫び声が聞こえる。
『どうした。うるさい。』
「あー。見て、これ。」
シロズミが材料棚の中から、黒い種が沢山入ったビンを持って、タンが転がっているソファーに向かってくる。タンは面倒だと思ったが、まぁ、そろそろ間食の時間だしと、渋々ビンを覗き込む。
『種がどうした。』
「ほら、これ。」
シロズミが、彼自身の鱗のある青い手に取り出したのは、一粒の種。
「芽が出ちゃったんだ。」
『なんだ。そんな事か。』
タンは、やれやれと同居人を見上げる。このシロズミという男。タンとよく似たトカゲの尻尾を、しゅんと下げて、肩を落としている。
「もう在庫が少ないのになぁ。まだ寒いから油断してた。」
もう、あまり寒くないが?変温動物のタンにとって、最近の陽気はポカポカと暖かく、ようやく動きやすくなってきた所だ。まぁ、動きやすいかどうかと、動くかどうかは別問題だが。
『在庫を増やせばいい。』
「え?」
『お前が庭で育ててこい。』
「あ!そうだね!」
シロズミは、芽の出た種と庭仕事用のスコップを持って長靴を履く。
『尻尾は仕舞えよ。』
「分かってる!」
シロズミがブツブツと何かを唱えると、彼の青い尻尾は、ヒュンっと消えて無くなる。
「行ってくる!」
『ああ。』
バタンと裏口が閉まる音を聞き、タンはするりと自身を小さなトカゲへと変身させる。シロズミの使い魔タンは、元はオオトカゲだが、狭いこの家で大柄なシロズミと暮らすのに、身体の大きさを変えられる魔法と、シロズミと意思疎通出来る魔法をかけて貰っているのだ。
タンは、小さくなった身体で、スルスルとシロズミの作業台に登っていく。大きな窓の前に置かれた机の上からは、裏庭が良く見えた。
魔法のかけられたスコップで種を植え終わったのだろう。水場に戻って如雨露に水を入れたシロズミが、また何かを唱えながら水をかけると、芽が出て、みるみると大きくなる。
『ふふっ。』
楽しそうに庭仕事をしているシロズミを見て、タンの口から思わず笑みが溢れる。タンはシロズミのことを好ましく思っている。やがて大きな花を咲かせたソレは、黒い種を沢山付けた。一粒一粒、大切そうに収穫しているシロズミを見ながら、タンは目を閉じる。この机の上は、程よい陽気で、居るだけで眠くなる。
「ただいま。」
水場でピカピカに洗ったスコップと収穫した種を手にシロズミが戻ってくる。
「あれ?タン?」
手を洗って、ビンに種を戻したシロズミは、机の上で寝ているタンを見つけると、彼をつついてみる。
「タン?寝てないで、庭で一緒に採ってきた果物、食べようよ。」
『……ああ。どんなだ?』
「タンの好きなやつを採ってきたよ。もう春なんだね。色んな芽が出てた。冬の植物は刈り取って、次の季節の種に植え替えなきゃ。」
『そうだな。』
タンは、ひと伸びすると、今度はカメレオンへと姿を変える。この家には、この位が丁度いい。
「今、お茶をいれるよ。いつものでいい?」
『ああ。今日は冷ためで頼む。』
「了解。これ、仕舞って置かなきゃ。」
そういうと、シロズミは、採ってきた種の入ったビンを持って、冷蔵庫を開ける。そこには、食料の他に、沢山の薬品ビンが入っている。
「あ!これも後で補充しないと。」
冷蔵庫を覗き込みながら、在庫チェックをし始めた薬草魔術師のシロズミ。そんな彼と彼の使い魔タンの元にも、今年も無事に芽吹きの季節がやってきた。
3/1/2025, 1:26:23 PM