はた織

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 冬場の乾燥した空気にやられた風邪よりも、夏場の炎天荒れ狂う日差しにやられた脳と心のダメージが酷い。それが昨今の季節の現状だ。猛暑の熱気に倒れてようやく夏が本当に来たと身をもって知る。
 数年前は夏バテによる胃腸炎にかかり、去年は心身の疲弊から起きた百日咳で、肋骨の神経を痛めるほどに異常な咳を繰り返した。
 そして今年は、建物の中で箱につまづき盛大に転んで肩と足を痛めた。周囲から貧血を疑われたが、単なる脳の誤作動である。私が足元の箱の存在を認識していながら、何故か箱がある方向へ歩んでしまった。転倒した時の衝撃に、転倒するまでの自身の動きが全く思い出せない。いい歳した大人が転ぶなんてと痛みよりも恥に涙ぐんだが、その日一緒に仕事をした人に面倒を見てくれた。また、別の人からも保冷剤を渡して心配をかけてくれた。
 私は、良い人たちに囲まれた職場に安堵したが、チーフはとにかく私を早く帰らそうとした。今痛手を負ったまま帰宅すれば、炎天下の中肩を痛めながら自転車を漕ぐことになる。そんな想像が出来ないのなら、当然怪我を負った相手さえも慮ることは出来ない。
 保冷剤を渡してくれた人が役職の異なる人だったと知ると、「あとで私からお礼を言ってくる」と焦るように言い出した。急に小声になって話しかけてくるから、最初はようやく帰宅する私に、怪我が悪化したら連絡するようにと心配しているのかと思った。
 だが私は馬鹿であった。夏の暑さに脳が溶けていたのだ。この人は大人になれなかった子どもである。見栄を張ることに必死だ。下の者が勝手に転んで勝手に親切にされて、その中に役職の違う人までも気にかけていた。何たる不祥事と顔に出ていなくとも、言葉に滲み出ていた。
 上の者らしい振る舞いをしようと見た目だけを気にする考え自体が幼稚だ。そのことに、チーフは未だ気づいていない。夏になると大人らしい理性が溶けて、より一層幼稚な頭になってしまう。一種の風物詩だろうよ。夏が来ると、またチーフが機嫌を損ねて愚痴を吐き散らすなと、酷暑の異常さよりも嫌気を差す。
 ただチーフだけが夏の日差しに溶けて子どもになるのではない。皆ありえる話だ。熱帯夜でぎゃんぎゃんに泣き喚く赤子は、今年の夏も多そうだ。
 灼熱を試練に人間を試す夏よ、今年も帰って来てしまったのか。お前の猛火の如き熱をやさしく抱きしめてくれる母は、一体どこに行ってしまったのだろうな。
              (250804 ただいま、夏。)

8/4/2025, 12:51:42 PM