かたいなか

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「何も、要らない、炒らない、入らない、射らない。一応、4個くらいは候補があるのか」
ひらがなのお題は漢字変換による「変わり玉」がはかどる。某所在住物書きはスマホの予測変換を見ながら、今回のハナシをどうするか思考していた。

「いらない何も」だと某歌になる。「何も射らない」は弓道やアーチェリーの青春かもしれない。
「入らない」は少々強引か。物書きは首を傾けた。
「19年前だってよ」
何がとは、敢えて、何も言わない。
「そら歳食うわな。もう何歳たりとも要らんけど」

――――――

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某森深めの稲荷神社に住む子狐は、不思議なお餅を売り歩き、郵便屋さんごっこなんかもする、不思議な子狐。たまに「誰か」の夢を見ます。
それは神社にお参りに来た誰かの祈り。お賽銭を投げ入れた誰かの願い。お餅を買った誰かの嘆き。
実在した過去の場合もあれば、いつか来てほしい未来のときもあります。
誰かの夢にお邪魔して、お散歩して、別の誰かの夢の中へ。そのお散歩を、少しだけ覗いてみましょう。

――『今年度で、辞めようと考えています』
子狐がその夜最初に訪れたのは、餅売り子狐のたったひとりのお得意様、大好きな参拝者さんの夢の中。
『付烏月さんには本当に、お世話になりました』
どうやら舞台は実際にあった過去の様子。前々職の図書館、夜の事務室で、今より少し若いお得意様が、
疲れたような、やさぐれてるような、ともかく今より暗い目をして、誰かに話をしています。
お得意様は名前を、藤森、といいました。

『契約満了オツカレサマーみたいなの、要る?』
「ツウキさん」と呼ばれた男性は、小さなメモパッドから1枚弾いて、サラリサラリ。
だけど藤森、疲れた目のまま言いました。
『何も。要りません』

ところでツウキさんのデスク、美味しそうなキューブケーキが上がっています。しめしめ。
コンコン子狐は夢の中で、ケーキを賞味しました。
とてとて、ちてちて。次の夢へ行きましょう。

――『緑茶の茶っ葉で焙じ茶?』
子狐がその夜2番目に訪れたのは、最初の夢に出てきた「ツウキ」、付烏月という男の夢でした。
『なんか、フライパンとかで、茶っ葉を炒るとか?』
舞台は実際にあった過去やら、あるいはこれから起こり得る未来やら。ともかく某アパートの一室です。

『炒らない炒らない。フライパンも要らない』
部屋には1名、お客様。こちらはお得意様である藤森の後輩。子狐をよくナデナデしてくれます。
『何もいらないの。コレにブチ込むだけ』
茶っ葉を入れて火を灯せば、勝手に焙じ茶になるの。
藤森の後輩は部屋の真ん中で、香炉にティーキャンドルを入れ、その上のお皿に茶葉を落としました。

『キャンドルの熱で炒るワケだ』
『だから、炒ってないって。ちょっと違うの』
炒る炒らない、要る要らない。問答はもう少し続く模様。コンコン子狐はどさくさに、テーブルの上の塩あられを賞味しました。
とてとて、ちてちて。最後の夢へ行きましょう。

――『8年前もこうして、終電乗って逃げたんだね』
子狐がその日最後に訪れたのは……ハテ、これは誰の夢でしょう。誰かの過去でも未来でもなく、どうやら夢の主の「ナニカ」のようです。
『やっと会えた。附子山さん』
舞台は都内某地下鉄の某ホーム。夢の主から少し離れた所で、大きめのキャリートランクひとつを道連れに、なんと、子狐のお得意様が列車を待っています。
あれれ。でもおかしいな。
お得意様は名前を、藤森、といった筈なのに。

『私はあなたの、解釈違いなのだろう』
附子山と呼ばれた藤森、暗い目をして言いました。
『どこも何も、気にいらない筈だ。そんな私と今更ヨリを戻そうなど、ワケが分からないが、』
額と、鼻筋にシワを寄せて、まるで子狐のお父さんが威嚇するような、強い拒絶の顔をしています。
『そんなに欲しいなら、私など、くれてやる。その代わり今後、私の親友と後輩に、一切手を出すな』

『やっぱり附子山さんは、その顔でなくちゃ』
夢の主が、静かに威嚇する藤森に言いました。
『やっと戻ってきた。私の解釈一致の附子山さん』
うーん、この夢に、美味しいものは無いようです。
この夢の物は、コンコン子狐、何も要りません。
とてとて、ちてちて。最後は空振り。ちょっとしょんぼりして、子狐、帰ってゆきましたとさ。

4/20/2024, 10:08:12 PM