『夢が醒める前に』
静寂が部屋を満たす、真夜中の孤独な時間である。
耳に入ってくるのは、少し開けた窓から入ってくる風の音と、道路を通る車のエンジン音だけだ。
日中の喧騒や、他者の視線を気にして無意識に張り詰めていた心の糸が、ここではゆっくりと解けていく。
ただ一人、薄明かりの中で深呼吸をする。
外の世界のノイズから切り離されたこの場所では、思考を覆っていた靄が晴れ、本来の自分の輪郭が静かに浮かび上がってくるように思える。
誰のために取り繕う必要もなく、過去の役割をなぞる必要もない。
心の奥底で温めていた記憶や、ふと思い描いた景色に触れ、自然と口元が綻んでいくのを感じる。
何にも邪魔されない、この澄み切った心の状態は、あまりにも心地よく、まるで美しい幻のようである。
けれど、人はどんなに尊い安らぎであっても、いつしかその存在に慣れていってしまうものだと思う。
自分自身と穏やかに対話できるこの不可侵の領域も、繰り返す日々の中で、いずれは日常の一部として埋没していくのかもしれない。
そして夜が明ければ、再び目まぐるしい現実の波が押し寄せ、今のこの透き通った感覚さえも、朝霧のようにかき消されてしまうだろう。
だからこそ、今、確かにここにある満ち足りた静穏を、深く心に刻み込んでおきたいと思うのだ。
これが当たり前になる前に。この夢が醒めてしまう前に。
3/20/2026, 3:32:25 PM