ゆかぽんたす

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私はよく分からない難しい名前の病気にかかっている。ある日突然胸が苦しくなって、お母さんが呼んだ救急車に乗せられて大きな病院に運ばれた時はもう意識がなかった。そこから処置を受け、生死の境目を彷徨って、もう一度この世界に戻ってこれた、らしい。
これは全部お兄ちゃんが教えてくれたこと。私はずっと眠っていたから覚えてるわけない。でも、とにかく大変だったらしい。沢山の大人の人がお前のことを救ってくれたんだよ、って教えられた。だからこの先の未来は一生懸命生きるんだよ、って。
たとえどんな辛いことが起きても。
たとえ私が、自分の力で歩けなくても。

これも、その難しい名前の病気のせいで自力で歩くのができなくなった。体中に巡るはずの血液がうまく循環しないかららしい。だからずっと車椅子。出掛けるのは誰かと一緒。大好きだった陸上もできなくなった。海で泳ぐことも二度と無い。それを思うとすごくすごく辛くて、みんなが帰った夜の病室で独りで泣いたことは何度もあった。なんで私だけ、って思った。

でもそんな時、お兄ちゃんは私に会いに来る時決まって“お土産”を持ってきてくれる。それは綺麗な貝殻だった。この近くに海があって、そこで拾ってきてくれる。耳に当ててみな、と言われてその通りにする。
「貝殻を耳に当てると波の音がするんだよ」
色んな大きさと形の貝殻からはどれも違った音がした。泳げない私に、お兄ちゃんは海を持ってきてくれたのだ。
お兄ちゃんのおかげで私の貝殻コレクションはすごい量になってゆく。だけどいくら集めても、海に潜れる日がくることはない。人魚姫は自分の声と引換えに足を手に入れて陸に上がった。私も、願えるのなら、自分の声をあげるから泳げる足がほしい――なんて言ったら、お母さんが悲しむから言わないけれど。

悲しみに負けそうな時、この貝殻を耳に当てると少し心が落ち着く気がする。あの頃の日常も元気な私ももう取り戻せないけれど。波の音が大丈夫だよ、って言ってくれてる気がするんだ。

生きてさえいれば。
どんなに辛くても自信がなくても否定的になっても。
生きてさえいれば、きっと何かが変わる。
ゆっくり時間をかけて、この波の音のように寄せては返して悲しみを乗り越えられる日がくる。
私はそう信じてる。

9/5/2023, 12:35:13 PM