【二人だけの。】
窓も塞がれた廃屋の中を魔法の明かりが照らす。
「ここは秘密の場所だよ、二人だけの。他の誰にも教えちゃいけない」
ユリスがそう言って、私の髪を撫でた。
ユリスはとても綺麗な少年だった。銀糸のような髪、深く青い瞳。私は確かに彼が好きだった。
廃屋の中には埃なんてなくて、ユリスがきちんと掃除をしているのがわかった。立派なソファとテーブルがあった。お湯を沸かせる魔導具があった。私はそこで何度かお茶をご馳走になった。
私がユリスと出会ったのは、酷い雨の日。ユリスが濡れながら歩いているのが見えて、自分の家に招き入れ、雨宿りをさせたことがきっかけだった。
あちこち旅をしてきたという彼の話を聞くのは楽しくて、一緒に居ると幸せだとすら感じていた。だけど、それももうすぐ終わってしまう。
私が魔王を倒す勇者に選ばれたからだ。
国から渡された聖剣は、私が鞘から抜いたら姿を変えた。大きな男の人じゃないと使えないような大剣から、私の手に馴染む短剣に。
それは、聖剣が私を主人に選んだということであるらしい。聖剣に選ばれた私は、勇者なのだ。
「ユリス」
「どうしたの、ラナ。なんだか思い詰めたような顔をしているね」
「ごめんなさい……!」
私はユリスの脇腹に隠し持っていた聖剣を突き立てた。
彼が魔族だということには気付いていた。そして、聖剣を手にしたことでわかってしまったのだ。これが魔王だ、と――
私の目からは、ぼたぼたと涙が溢れた。ユリスと戦いたくなんかなかった。
「駄目だよ、ラナ」
ユリスが私を見下ろして言った。
「魔族には核がある。ちゃんと核を狙わないと」
ユリスは何もダメージなんて受けていないかのように、自分で聖剣を抜いて、血に汚れた手で私の頬を撫でた。
「ラナ。仲間も連れずに、ひとりで僕を倒すつもりだったの」
「……ここは、秘密の場所だもの。誰も入れたくないから」
「そう」
ユリスが笑う。まるで私のことが愛しいみたいに。
「ねぇ、ラナ。少し聞かせて。君は本当に僕を倒したいの?」
「だって……あなたが魔王なんでしょう」
「でもねぇ。人間たちは君に何をしてくれた? 僕を雨宿りさせてくれた君の家、酷いものだったよね?」
「それは……」
「病気の弟を抱えて、薬代も大変だったでしょう。君はまともに食事ができない日もあった。おまけに外国人だから、難民だからって、石を投げられたよね?」
そうなのだ。私は長い間迫害を受けていた。この国の人々は排他的で、私には安定した仕事なんてなくて……
「ラナ。君は君を助けてくれない人間たちを助けるの?」
「でも、私は人間で。聖剣に選ばれた勇者で」
「僕と一緒においで。弟くんの病気も治してあげる。何も心配しなくて良い。君がもっとちゃんと暮らせるようにするから」
それはあまりにも魅力的な提案だった。
「でも、私、あなたに怪我をさせて」
「これくらい大したことないよ」
ユリスが笑う。
「一緒においで。可愛らしい勇者さん」
私は魔王の手を取った。
その後、人類が滅びるなんてことはなく。ユリスは人間の国の王たちと和平を結んだ。話はあっさりとまとまったらしい。勇者を失った人間たちが魔王に逆らうことはできなくなっていたから。
ユリスの知人の薬師が面倒を見てくれて、弟はすっかり元気になった。
私は今、半魔の子供というあまり前例のない子育てに翻弄されている。
7/15/2025, 10:12:09 PM