浅井

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お題「赤い糸」

「運命の赤い糸って、材質は何だろう」
「ざいしつ」

 何とはなしに、口にした疑問。君は私の独り言のようなその発言を受けて、何だか鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をして、鸚鵡みたいに繰り返していた。
 今自分は何を言われたんだろう、みたいな。理解できないものを目の当たりにしたぞ、みたいな顔をしている。私はそんなにおかしなことは言っていない。多分。

「絹糸とか、毛糸とかミシン糸とか」

 刺繍糸とか、タコ糸とかもある。指折り数えながら色々な種類を挙げる。どれなんだろうと疑問に思っただけと応える私に、彼はそうだね、とふと考え込んだ。
 そこまで真剣に取り合って欲しいわけでもなかったのだが、君が少し楽しそうに考える込んでいるので、ならいいやと結論が出るのを待つ。 

「僕は、柔らかい糸が良い。切れやすいやつ」

 そう答える彼に、今度は私がきょとんとする番だった。
 とんでもない、切れたら困る。とちょっと挙動不審になりながら、

「運命的に繋がっているものなのに、切れやすい方がいい?」

 と返すと、まだ思考を続けていた彼がもう一度思考の続きを話し出す。

「赤い糸が強固で切れにくいものなら、代わりに耐えられなくなるのは糸が結ばれた小指の方で、もしかしたら千切れてしまうかもしれない。千切れなくたって、糸が食い込んだら痛いでしょ」
「一理ある」

 一理あるけど、どうしてそんな痛い想像をするのかはわかりかねる。何だか話を聞いていると指が痛くなったような気がして、思わず自分の小指の付け根を擦ってしまったし、彼の小指の付け根を擦ってしまった。
 唐突にさすさすと手を擦り出した私を見て、君は小さく吹き出した後に、申し訳なさそうにごめんと笑った。

「例えば、もし僕が『こっちにきて欲しい』と乱暴に糸を引いたとして。糸が切れればそれで終わるけれど、切れなければ君を傷付けながら引きずるんだ」

 嫌だろう、と君が言う。確かに、と私が頷く。

「案外良いものでもないね、赤い糸って」

 ふるふると頭を振り、痛い想像を頭から追い出す。分かりやすく物理的な話で例えてくれただけで、精神論だとわかっていても、痛い。あと、例え話なのはわかっているけど、勢いで乱暴に手を引くのはいつも私の方だから、傷だらけになるのは多分きっと彼の方だなと思った。
 実際に、彼の手を引いて勢い良く駆け出したら、引き摺られ足がもつれた彼が転んで、身体の前面をどこそこ擦りむいた事件があった。まぁ、今の話には、ギリギリ関係ないと、思いたい。

 色々と考えていたら、変なことまで思い出してしまった。珍しく考え込んでしまった私に、何を思ったのか。もしや赤い糸という概念をけちょんけちょんにしたことで私が落ち込んだとでも思ったのか。彼はちょっと焦った声音で、でも、と続けて言う。

「それに、切れやすいものならなおのこと、繋がってい続けられることを誇れると思う」

 だから、赤い糸は柔らかい方が良い。と、彼は微笑む。

「互いに無理に引っ張り合う関係じゃないって、証明できるってこと?」

 私は物理的に引き摺ったが。と思うと、ちょっと後ろめたくて目が泳ぐが。

「そう。……でも、切れたら困るなら、そうだ。理想の材質はゴムとかなのかもしれない」
「ごむ」

 おそらくしおらしい態度の私に動揺しているっぽい彼が、動揺の末に変なことを口走る。次は私が、彼の発言を意味も理解できないまま鸚鵡みたいに繰り返すことになった。

それはもう、糸とは呼べない。

7/1/2024, 12:35:45 AM