「この場所で」
何もかもが凍った町に どこか懐かしさを覚えた
触れれば切り裂かれるような氷の花があちこちに咲いている。その冷たく鋭い花の美しさに思わず目を奪われた。
今まで空っぽだった心が震えている。私はこの場所を知っているような気がする。
街の入り口から見える氷の壁に覆われた城
そこに行かなければいけないと思った。ずっと長い間、記憶のない私が探し続けていたもの。それがあの城にあるのだと確信した。
雪に白く染められた家々の間を通り抜け、氷の花だけが咲く広場を抜ける。
小さな町で、あっという間に氷の壁の前までたどり着いた。氷の壁は厚く、城の入り口を頑丈に塞いでいた。
けれど、私には関係ない
氷の壁など無いかのように私は城の入り口をすり抜けた
城のステンドグラスは全て割れ、薄水色の氷で覆われていて、城の中はまるで水の中のように澄んで見えた。
床には一面に透明な水と氷の花が浮かんでいる。
その先を見ると玉座があるべき場所に、異形の姿をした巨大な石像があった。太ったトカゲのような頭に巨大な人間に近い手、ヘビのような尻尾がある。全てが鱗で覆われている。あまりにも精巧な石像だった。
その石像は、床に伏していて閉じた目からは絶えず水が流れていた。城の入り口の氷の壁はこの涙によるものなのかもしれない。
私はしばらくその石像を見ていた。
心がずっと叫んでいた。何に叫んでいるのかは分からない。けれど、私はこの石像を、この異形を
彼を知っている。
ずっと忘れていたこと、いや、ずっと覚えていたこと
この町を、愛しい彼を、約束を、全部覚えていた
石像に近付いて、彼に笑いかけた
「あなたも約束を覚えていてくれたのね」
石像にそっと触れる。形の無かったはずの体が光に包まれるようにして私の姿を見せた。
「ごめんね、私、ずっと昔に死んじゃったの。でも、帰らなきゃって気持ちだけが残って、幽霊になって長いこと彷徨ってたの」
石像は動かない。固く閉じたまぶたを優しく撫でる
「待っててくれてありがとう。私の大好きな花を覚えててくれてありがとう」
そうして、彼のまぶたに顔を近づけてキスをした。すると、絶えず流れていた涙がゆっくりと止まった
バシャバシャと音がして振り返ると、窓や入り口の氷が溶け出して氷の塊が水の中へ落ちていった
窓から明るい光が差し込んできた。月の光か太陽の光か、それはもうどちらでも良かった
彼がもう涙を流さずにいられるのなら、彼がもう苦しまずにいられるなら全部どうだってよかった
「遅くなってごめんなさい」
彼に寄り添うように頬を擦り合わせて静かにつぶやいた
「一緒に眠りましょう。私たちの出会ったこの場所で」
2/11/2026, 2:18:03 PM