ミミッキュ

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"最悪"

「……最悪」
 ベッドの上にうつ伏せの状態で、顔を枕に埋めながら短く呟く。小さな呟きが枕の中に霧散する。
「『明日機材の点検してぇから優しくしろ』つったのに、あそこまでしろなんて言ってねぇ」
 顔を横に向けて、水を飲みながらベッドの端に座る背中に文句をぶつける。
「『やめろ』つっても止めねぇし」
「……済まなかった。歯止めが効かなくて」
「毎度毎度思うけど、どんだけ溜まってんだよ。……ったく、いつになったら我慢を覚えんだ」
 説教のような文句をぶつけながら、自身の下半身を覆う掛け布団の中に手を入れ鈍い痛みと怠さを覚えている腰をさする。
「ちっとは俺の歳を考えろ。体力は同年代と比べれば結構ある方だと思ってっけど、数年前の自分と比べれば確実に衰えてんの。加減してくんねぇと持たねぇの。いっつも寝落ちてんの、認めたくねぇけど歳のせいもあんだよ」
 体力は数年前から俺の方がすこし少なかったし今でもそれを感じる。体力を向上させる為に移動は徒歩ばかりだし走ったりもしてるけど、年齢による体力の衰退のせいでこの頃徐々に下がっていっているのを感じている。
 老化はどう足掻いても抵抗する事ができない。だからこれ以上衰退しないよう、底上げに重点を置いて散歩の距離を伸ばしたり軽く走るポイントを設けて走ったりと毎日努力はしているが、こいつの前では無駄に終わる。このフィジカルオバケめ。
 言いたい事を全て言い切ると、途端に喋り疲れが襲ってきた。小さく息を吐いて再び枕に顔を埋める。
 すると、掛け布団ごしに腰を撫でるようにさすってきた。
 布ごしでも分かる優しい手つきで、心から悪いと思っているんだなと少し口角が上がったのを感じる。
「善処する。貴方をこれ以上、傷付けたくないから」
 枕の中で思わず「ふはっ」と笑いが弾ける。再び顔を向ける。
「そればっか。そういう所も数年前からなんも変わんねぇな」
 少し笑いながら言うと、むっ、とした表情で口を開いた。
「愛する者が傷付く所を見て、平気でいられる訳が無い」
「……そういうことをさらっと言う所も変わらねぇな」
「『そういうこと』とは?」
「……なんでもねぇ。言っても一生自覚しねぇだろうから」
 頭に疑問符を浮かべながら俺を見てくる。言わせようとすんな。
「いいからとっとと横になれ。寒い」
 少し壁際に寄って隣に寝るよう招く。
 ゆっくりと身体を動かして俺の方を向きながら横になった。ぎしり、とベッドが軋む音が室内に響く。
 枕に頭を預けたのを見て、身体に腕を回す。自分よりも厚い身体と暖かな感触に、胸元に顔を埋めた。
「おやすみ」
 俺の頭を優しく撫でながら、柔らかく綺麗な低音の囁き声をかけてきた。
 体温と撫でる手つきと優しい低音ボイスで、瞼が重くなる。
「ん……。おやすみ……」
 微睡みながら返すと、頭頂部に優しくキスが落とされた。一瞬恥ずかしさに目が覚める感覚があったが直ぐにまた瞼が重くなってきて、完全に瞼が閉じる。
 暖かな暗闇の中で少しずつ意識を手放し、眠りについた。

6/6/2024, 1:15:20 PM