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「セーター」

私は、2月のパリを、完全に舐めていた。

1997年から1年間、私はロンドンにいた。特に目的があった訳ではない。強いて言えば、旅行ではなく、異国の地で生活してみたかったのだ。アパートを借り、スーパーで買い物をし、学校帰りに映画館や本屋に行って暇を潰す。公園を散歩したり、ノミの市で古着を見たり、普通に日本でしていることを外国でする。ただそれだけだ。しかしただそれだけのことが、とても刺激的だった。足が棒になるほど歩き回り、夢中で写真を撮った。充実した毎日だったと、今でも思う。

しかしそんな日々も、ずっと続くわけではない。所持金が少なくなるにつれ、日本に戻らなければならない日も近づいてくる。当初半年は語学学校に通い、半年はヨーロッパを放浪する予定だったが、気がつけばもう10ヶ月が過ぎていた。ちょっと長居し過ぎたか。ここまできて、イギリス以外の国を見ずに帰国するのはもったいない。そろそろ移動しよう。行き先は、パリだ。

もともと綿密な計画などない旅だから、パリを選んだのも、単なる気まぐれみたいなものだった。ロンドン・パリ間は、TGV(ユーロスター)という新幹線みたいな列車で2時間半だ。イミグレも簡単だし、「世界の車窓から」のファンだったし。そんなお気楽気分で、意気揚々と出発したのだった。

フランス人の友人は、「そんなに寒ないで。ロンドンよりちょっとマシぐらいちゃう?」(というぐらいフランス語訛りの英語で)と言っていたのに、嘘だった。いやたまたま当たり年だっただけかもしれない。とにかく2月のパリは、極寒だった。パリ北駅で降りた私がまず思ったのは、「パリに着いた!」「まずシャンゼリゼ通りでお茶やな」ではなく、「み、耳が痛い」だった。

旅の始まりは、宿探しからだ。「地球の歩き方」と駅にある観光案内所で安宿地域を探し、あとは行き当たりばったりで宿を決めるのだ。今日泊まる宿も、入口に「英語できます!」って書いてあったので入ったのだけれど、宿主のおばちゃんは何かにつけ「ガッハッハ」と笑ってばかりでほとんど通じない、いい加減宿だった。ちなみにそのガッハッハおばちゃんの娘さんが、英語ができる人だったと後から知って安心したのだが。

このガッハッハおばちゃん曰く、「今年の冬は超寒い」らしい。まずは防寒だ。ロンドンで買ったペラペラのダウンでは、寒くて動く気にもならない。そんなことを、お互いつたない英語で話していると、ガッハッハおばちゃんは「ちょっと待ってろ」と言って、奥の部屋からセーターを持ってきてくれた。なんでも亡くなったご主人が着ていたもので、「お前には少し大きいが着ていけ」と言ってくれたのだ。ガッハッハおばちゃん、いい人じゃないか!いい加減宿とか言ってごめんよ。

それから2日間、私は寒さに震えることなく、パリを歩き回った。ありがとう、ガッハッハおばちゃん。クリーニングとかしないで返すけど、ごめんね。助かったよ。

ちなみにあとでよく見たら、手書きのレシートに「frais supplémentaires(追加料金)」として「location : sweater (レンタル代:セーター)と書いてあった。やるな、ガッハッハおばちゃん。しかも娘さんから、お父さんは亡くなってなどいないと聞いて、ますますこのガッハッハおばちゃんが気に入ったのだった。

11/25/2022, 10:21:57 AM