池上さゆり

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 私はなににでもなれる。努力すれば、叶わない夢なんてない。本気でそう思ってしまうほどには、自分の能力について自信満々だった。だが、後からこれが小中学生特有の錯覚だと知った。
 だから私は人一倍努力した。自分が何者にもなれないのなら、生きた証を残すためには優秀でなくてはいけなかった。この世に何かを残す才能は努力した先で開花するものだと信じた。
 大学生になっても私はすべてのことを必死にこなした。誰よりも努力してきたつもりだった。だが、どれだけ努力しても成績はすべて最高評価にはならなかったし、遊んでばかりの同級生よりもレポートの評価が悪いこともあった。
 そんなことが続いていくうちに、私だけが無能であるかのように思えた。周囲の人たちはきっと将来何者かになって、誰かから愛されて、称賛されて、幸せに生きていけるのだと思った。どう頑張っても自分はその一人にはなれないのだと本気で思った。
 だが、社会に出てからは変わった。唯一内定をもらえた会社で必死に働いていくうちに、営業成績はみるみる伸びていった。今まで蓄えてきた知識が年上の方と話すときの雑談のタネになった。博識な人だと勘違いされると、それだけで信用してもらえた。仕事をするのが楽しくなった。仕事が始まれば、学びの人生は終わりだと思っていたが、そうではなかった。人との接し方や、コミュニケーションの取り方は社会人になrないとわからなかった。
 入社してから数年経って、多くの後輩を育てたあと社長から直々に呼び出しされた。社長からの話というのは、これから入社してくる新人研修の担当をしてもらいたいとのことだった。やっと、やっと多くの人の記憶に残る仕事ができるのだと思った。迷うことなく喜んでその仕事を引き受けた。
 新人研修の担当が私に変わった途端、会社の業績はみるみる良くなっていった。きっとこれが、私だけにできる仕事なのだと初めて自分の人生を誇りに思うことができた。

7/18/2023, 1:47:41 PM