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今1番欲しいもの

「新しい左足」

8年前から思いはいっしょ。

左足切断寸前の開放骨折足首は完全に潰れ足の甲は180度ひっくり返っていた。膝踝も骨折左足の膝から下は皮と筋肉で繋がっている状態で骨は砕けた。胸も強打し呼吸も意識も薄れていくかと思いきや、意識だけはハッキリとしけれど言葉は出ずにこれはどういうことだろうと考えながら「この足もとに戻るの?」と想いを巡らせたあの日は家が遠かったね本当に、信号無視のオートバイを避けようとして自転車の私に突っ込んだ軽乗用車を運転していたおばあさんは震えていたところまではハッキリ覚えている。

それから目が覚めると私の足は吊るされていたどうやら足はついているようだった。

目が覚めて開口一番Dr.に聞いたのは「歩けるようになりますか?」と「仕事に復帰出来ますか?」だった。Dr.の返事は「あなた次第ですが、あなたの足はあります、使い方はあなた次第で決まります」であった。私は元来取り柄は前向きであることであるので、私の足はついている使い方は私次第に単純に負けるか!と思い元通りの生活を取り戻すと心に誓い3度の手術を受けてリハビリを初めて紅葉が綺麗だった頃から桜が満開になる頃まで人生初の入院をした。杖をつきながらその年お花見に行った。

それから、杖が無くても歩けるようになり、自転車にも乗れるようになり、職場復帰も叶った訳だがそれは雇われではなく自営であったということは感謝せねばならない。

もう、走る事は難しいししゃがむ事も難しい現実は残った。その日から元々好きだった走る事踊ること、飛び跳ねることへの憧れは強くなる一方だ。

大地を蹴って力強く走る姿の美しさ、柔らかく自由に大胆に舞う姿の美しさに心奪われる。

時に涙しながら、ただ走る人の姿を踊る人の姿を見つめるようになった。

そんな時は必ずリハビリを始めた頃車椅子から立ち上がることに1日かかったこと横歩きが出来ず泣きじゃくったことを思い出す。

「だから、今1番欲しいものは、新しい左足だ!」

そう思って、3度手術して傷だらけになった左足を叩いてみる…。ふいに3度の手術に耐え私の体にひっいて必死に役目を果たそうとしている左足が愛しくなって泣いた。

思えば、この足は私に色んなことを教えてくれた、道路の視覚障害者様のブロックは私たちには非常に危険であること、公共の場でいきなりあらぬ方向に走り出す子供は凶器であること。
平気で駅のエレベーターを使用する健常者はデブと怠け者であること、満員電車で席を譲ってくれるのは、だいたいガテン系のお兄さんで、邪魔くさそうにするのは、高そうなスーツを
着て忙しいそうに歩く人であることだ。そういえばこの足になって見えたものは結構あった。

走ることの踊ることの飛び跳ねることの躍動の美しさを教えてくれたのもこの足だった。

必死に私の体にひっいて必死に役目を果たそうとしている傷だらけのこの足は私のものだ、色んなことを教えてくれた私の足だった。

もう一度考えてみた。

「今1番欲しいもの」

それは、この健気な傷だらけになろうと必死に役目を果たそうとしている私の左足に適う心の強さであることに気づいた。


令和6年7月21日

                 心幸  



7/21/2024, 1:01:39 PM