「どこにも行かないで」
優しい両親のもとに産まれた礼儀正しく優秀な娘。それが私。
誰が見ても非の打ち所がない素敵な家族。
だがある日突然、私の中で何かが切れてしまった。
きっかけはテレビで、都会のある一角に問題を抱えた子供たちのスラム街のような場所があるというドキュメンタリーを見てからだった。
私はその日以来、あの街の光景が頭から離れなくなった。毎日毎日あの街の事を考えた。
次第に「私もあそこへ行きたい」という思いが強くなった。
両親は私の異変に気づいて、必死に涙を流しながら引き留めた。
「お願いだから…どこにも行かないで。あなたの居場所はここなのよ。」
追い縋る母親を見て、冷酷に言う。
「まだ私を縛るつもり?私の居場所はここじゃない。私は今までどこにも行けなかった。ようやく、自由になれる。」
母は呆然として、父には無言で平手打ちされたが、それでも私の足はあの場所へ向かっていた。
そして今思う、私はなんて愚かな間違いを犯したのだろうかと。
私は「自由」と「無秩序」を勘違いしていた。
自由な居場所なんかではない、ここはこの世の──。
自分がいかに満たされて、何不自由なく生きてきたのか痛いほど実感して、人目も気にせず路上で泣き崩れた。
6/22/2025, 11:12:35 AM