「雪」
私はジョギングで、死にそうになったことがある。
以前、ランニングを趣味にしていたことがある。週に2度は5km走り、週末には10km ほど走る。調子がよければ20km だって、ヘトヘトになりながらも走り切れた。今では考えられないくらい、元気だったのだ。
何事にもまずは形から入る人なので、ウエアの上下は常にNIKE、シューズもNIKEだ。でも気弱な性格の私に、派手なカラーは選べない。上下はいつもモノトーン。蛍光カラーのシューズなんて、なんか速い人が履くイメージがあって、買い換えてもまた黒を選んでしまう。
インナーを着る派なので、吸汗速乾素材のものをいろいろ試してみたし、ソックスもランニング用の、土踏まずにサポートがあるタイプを選んでいた。ただ走るだけなのに、偉くお金のかかる人だった。
その頃はまだ、「いつかはフルマラソン」と思っていたし、頑張って5時間は切りたいと、一人前に目標らしきものもあった。
走れもしないくせに、ランニング系の雑誌を読んで、心肺機能の強化にはインターバル走が必要やなとか、本気で思っていたし、ジェームスに本で教えてもらった通り、ラン前には動的ストレッチ、ラン後は静的ストレッチをやったりもした。
ランニングのラの字も知らないド素人だったが、今でもランニングのラの字しか知らないド素人なので、その辺はあまり進歩していない。
その日は、やたら寒い日だった。
この冬一番の寒気が関西の平野部にも流れ込み、雪の可能性もあった。
いつもだったらコタツで丸くなっていたのだが、その日は走りに行こうと決めていた。なぜなら、セールで新しいアウターを買ってしまったからだ!
ミーハーな私が今回選んだのは、ノースフェイスだ。このアウターはポーラテックという素材でできており、非常に温かい。でも背中にベンチレーション機能がついているので、熱がこもらないという、興味のない人にとっては、なんやそれというアイテムだ。
私は、買ったばかりのノースフェイスを着て、内心ウキウキしながら外に出る。
私の選択に間違いはなかった。気温2℃なのに、思っていたほど寒くない。これならいける!
ただこの時、私は大きなミスを犯していたことに気づいていなかった。
走り始めてすぐに、私はいつもしているネックウォーマーをしていないことに気づいた。私は喘息持ちなので、首を冷やさないようにしないと、すぐ発作が起こるのだ。
でも今日はなんと言ってもノースフェイスだ。温かいし、ジッパーを上まで上げれば大丈夫だろう。そう、私はこの後襲ってくる悲劇のことも考えられないほど、新しいアウターに浮かれていたのだ。
走り始めて2km まではアップ、2〜3km間はスピードアップ、その後はジョグで流しというのが、いつものメニューだった。
2km 地点にきた私は、勢いよく地面を蹴った。ここから3km 地点まで、ほぼダッシュだ。
いくぞ!
私は大きく息を吸い込んだが、これがまずかった。気温2℃の冷気が、一気に気管支を冷やし肺に流れ込んでくる。気管支収縮が起こり、呼吸が苦しくなる。
でもペースを上げたら息苦しくなるのは、ある意味当然で、私は気管支収縮が起こっていることに気づいていなかった。
2〜30mぐらい進んだだろうか。今までに経験したことがないくらいの頭痛とともに、目の前がぐわんぐわんと揺れ、私は走っていられなくなった。
ふらふらになって道端にしゃがみこむと、喘鳴音が聞こえ、呼吸が乱れ、空気を吸えても吐けない状態になってしまった。
やばい、発作だ!
私は、ウエストポーチから震える手で吸入器をつかみ、思いっきり吸った。ステロイドがが喉を通っていくのがわかる。吸入の効果はバツグンだ。即効で気管支が拡張し、発作が治まってくる。
その日はもう走るのをやめて、歩いて帰宅した。怖かった。死ぬかと思った。
ただでさえ喘息持ちにとって、冬はツラい気節だ。過度なトレーニングも考えものである。これからは吸入してから、走るようにしよう。正式な大会にエントリーしているわけではないのでいいだろうと思っていた。
しかしそれから数年後、私は仕事でメンタルが崩壊し、今は休職をしている。その間、一度も走っていない。
でも冬場、私のカバンの中には、いつもステロイドが入ってる。発作は何もランニング中だけに起こるわけではないからだ。希死念慮があるのに、いざ発作が起きると死にたくないとおもう自分に笑ってしまう。本当は死にたくないのだろう。
ジョギングにような有酸素運動は、うつ病の治療にもいいことが、わかっている。
ただ、もうタイムを追うのはやめだ。ゆっくりしたペースで、ダラダラと走る。無理をせず、しんどければ歩き、吸入器も必要ない。
そんなジョギングなら、してみたいと思う。
いつの日か、また走り出そう。
1/7/2023, 5:53:46 PM