気まぐれなシャチ

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Day.44_『秘密の標本』(ホラー要素あり)

最近、会社の先輩が行方不明になったらしい。

「もう、一週間も家に帰ってないって。ご家族も心配してたよ」
「心配だよね」

先輩の同僚の人達が心配そうに話している。確かに、ここ一週間、会社で先輩のことを見ていない。

「部長も、毎日連絡してるけど、連絡取れないって」
「警察も動いてるくらいだもんね。心配だなぁ」

事務作業をしながら話している。僕も、営業に行くための資料をまとめていた。すると、その話をしていたうちの一人の先輩に声をかけられる。

「君も心配だよね。一緒に遊園地に行ったんでしょ?」
「そうですね。少し、心配です」

僕は、そう言った。

「その時に、何か変わったこととか無かったの?」

まるで、警察の事情聴取のようだ。僕は、少し困惑した様子で言う。

「特には……警察の方にも聞かれましたけど、特に変わったことは無かったと思います」
「そうだよねぇ……」

先輩は、そう言いながら、再びもう一人の同僚の方と話し始めた。僕は、まとめた資料をカバンにしまい、立ち上がる。

「では、営業行ってきます」
「はーい、行ってらっしゃーい」

そうして僕は、営業へと向かった。


そして全ての業務が終わり、僕は帰路に着いた。コンビニで夕食を買い、玄関の鍵を開ける。

「ただいま帰りました」

玄関を開け、言う。もちろん、帰ってくる声はない。僕は、リビングにカバンとジャケット、コンビニの袋を置き、ネクタイを緩めながら、隣の部屋に向かう。

ガチャっとドアを開け、電気をつける。

「ただいま帰りました……『先輩』」
「………」

僕は、彼女に声をかけるが、帰ってくる言葉はない。一週間前までは、声を出してくれたのに、今は何も言わなくなってしまった。彼女の声が聞こえないのは寂しいが、致し方ないと割り切っている。

先輩は、白と青のドレスを着て、静かに椅子に座っている。
身体が脱力して倒れないよう、軽い拘束をかけている。彼女の負担にならないように、慎重に。

僕が目の前に行っても、その虚ろな瞳は、瞳孔の反応すらない。右手には、点滴が施されており、必要最低限の栄養を与えている。栄養失調になってしまったら、大変だ。

「今日は、3件の商談で契約まで持っていくことができたんですよ。これで先月分を穴埋めできそうです」
「………」

先輩は何も言わない。しかし、僕にとっては、至福の時間だった。先輩とこうして一緒にいられるだけで、幸せだった。

「……綺麗です、先輩」

僕は、彼女の頬と髪を触る。定期的に「手入れ」をしているため、彼女の肌も髪も服装も、きちんと清潔感が保たれている。

「ずっと……このままで居てくださいね?先輩」

僕は手を握り、呟く。

彼女の瞳は黒く、澄んでいた。先輩の姿はまるで、「生きた標本」のように美しく、輝いていた。

11/2/2025, 1:33:37 PM