過ぎた日を思う。
…随分と寂寥感のあるお題だ。
このお題を見た時、脳裏に過ったのは
人生の終わりを待つのみとなった人だ。
麗らかな日差しが差し込む白い部屋で
その人は、窓際に配されたソファーに深く身を沈めている。
縮緬のような皺が浮かぶ手に持つ白湯の入った湯呑みをチビチビと飲みつつ、昔日の日々を懐かしんでいるのか、深いシワの入った口元には笑みが浮かんでいる。
顔をよく見たいのだが、部屋の中に差し込む日差しが邪魔をして良く見えない。
それでも、その口元の笑みから嘲り等は感じられない。
「幸せな人生だったのですか?」
思わず問いかけた私にその人は、笑みを深くした。
人生の終わりを待つ人が持つ、賢者の様な隠者のような雰囲気がより増す、そんな笑みだ。
賢者のような隠者のような笑みを浮かべた人は、暫く間をあけると、ゆっくりと口を開いた。
「そうねぇ、一言では言えない…。後悔がないわけではない。もっと要領よく生きる生き方もあったのかもしれない。沢山の選択肢の中で、自分で選べなかったものもある。それでもね、人生の小さな喜びを見つけなかった訳では無いの。人並みとはいかなくても自分なりの幸せもあった」
「後悔や選べなかった選択肢と、それでも得られた幸せとで相殺している、という事ですか?」
人生の幸せ(プラス)と人生の不幸せ(マイナス)は常に同じと考える人もいる。目の前の人もそうなのかと思い質問すると、その人は私の言葉をじっくりと味わうように黙り込んだ。
麗らかな日差しがさす窓辺にかかる白のレースカーテンが穏やかな風に揺れている。
沈黙が苦ではないのは、この部屋が穏やかだからかもしれない。
「…相殺は、お互いを打ち消す考えだね。そうではなく、私は、良いことも悪いことも味わったの。そうね、コース料理と思っていただいた方がわかるかしら。美味しいお料理、口に合わなかったお料理どちらも、味わってその上でこのお料理のコースは、満足のいくものだったか悩んでいたのよ」
「人生のフルコース…面白い考えですね。美味しいお料理が多かったら満足と言って良いのではないですか?」
私の言葉にその人はやわらかく微笑んだ。
「ふふふ。お若いわね。例え自分の口に合わなかったとしても、この世界にはそういったユニークなものがある。そういう学びを得る為に、口に合わないものも必要だったのよ」
そこまで言って、その人は「ふふふ」と上品に笑った。
「答えが出てしまったわ。…一人で考えている時は堂々巡りしてしまって、答えが出なかったのに。見知らぬ方に助けられてしまった。…見知らぬ方、お話を聞いてくれてありがとう」
その人はそう言うとさっぱりと晴れやかに笑った。
人生を回想して、全て自分の為に必要であったと言い切れたなら、その人生は幸せなのかもしれない。
晴れやかな様子で笑うこの人が、いつかの私の姿であることを願いつつ。
10/6/2023, 12:06:18 PM