唾を飲む。
胃が丸ごとひっくり返りそうなほど、私は今、緊張している。
兎にも角にも、まずは来店からだ。
看板を見上げる。
私はずっとここに冒険しに来たかったのだ。
怯む足を動かして一歩を踏み出す。
あとは扉を開けるだけだ。
大丈夫、私なら食べられる。まずは来店、来店だ。
繰り返し自分に言い聞かせながら、扉に手をかける。
扉を開けると、冷房の、清潔で涼しい風が流れ出てくる。
それから料理の美味しそうな香り。
それで私は、ちょっとホッとする。
なんだ、清潔だし、普通の匂いだ。大丈夫。
出てきた店員さんに一人であることを告げ、案内に従う。
その間も落ち着かなかった。
他のお客の席に置かれた料理は、どれもこれも食べ物とは思えない見た目をしていて、思わずギョッとする。
お客たちは当たり前のように、楽しそうに会話をしながら、美味しそうに、作り物のような料理を口に運んでいる。
席に着くと、メニューが運ばれてくる。
私はメニューをじっくり眺める。
臆病な私の思考が、ついつい、見た目が食べ物に似ている料理を選びそうになる。
しかし、これは冒険、冒険なのだ。
思いっきり冒険しないと意味がない。
私は自分に言い聞かせて、一番得体の知れない料理を頼んだ。
それは真っ黄色だった。
真っ黄色の楕円型で、その上にはビビットな目が覚めるほど赤い何かで、真っ黄色の楕円を横切るように、赤い楕円が描かれている。
とても食べ物とは思えない。
だから、私は、あえて冒険をし、これを食べてみることにした。
私の暮らす地区は、今私のいるここ、ニホンからは、時間的にも空間的にも遥かに遠いところにある。
食文化も、こことはだいぶ違う。
私の地区の主食はマゲルノだし、私の好物はグリフォリーノだ。
私はかなり慎重で真面目で臆病な性格らしい。
自分ではそうは思わないのだが、私をよく知っている友達は、私のそんな性格をよくイジる。
口を揃えて曰く、「お前さ、もっと冒険しろよ。せっかく、俺たちは時空間を超えて旅行できるのに。」
そう言われるのに嫌気が刺してきた頃、私は美食家でゲテモノ食い友人から、ここを勧められた。
だから、冒険の実績を作りに、遠路遥々冒険にやってきたのだった。
ぼうっと今までの経緯を思い出しているうちに、店員がやってきた。
“オムライス”なる珍妙な料理を持って。
画像とそっくりだ。
真っ黄色な楕円型に、赤い楕円の印。
“オムライス”が、運ばれてくる。
私の冒険が、今、始まる。
7/10/2025, 10:38:28 PM