お前は誰だと言われて、ブレーカーを落とされた。湯船に浸かっている私に構わず、電気を消されてしまった。
真っ暗だ。黒一色だ。今まで私の目に色を映していた家具たちは、暗闇の中へと消えていった。私自身も真っ黒だ。
とにかく、私は明かりを探しに風呂から立ち上がった。思い返せば、この時の自身の空間把握能力にとても驚いた。突然の出来事に慌てながらも、湯船の角や水道の蛇口、浴室用の椅子にぶつからずに済んだ。
私は、折り戸を開けて、2階にある自室に向かおうとした。シミュレーションをしていたのだ。
今、目の前にある暗闇の中には、カーテン、扉、廊下を渡って、玄関近くの階段を手探りで登り、左手にある私の部屋の扉を開け、部屋の角に置かれた机の上にあるスマートフォン。
そう、私は携帯器の明かりを求めている。実は脱衣所にブレーカーがある。しかし、そこは普段から窓に光さえ入らない。驚きの空間把握能力を駆使すれば良い話だが、この盲者はスマホ依存者だ。明かりさえも、スマホがなければ生きていけない。
つまり、これが私なのかと暗闇に応えようと思ったが、腑に落ちない。では、キルケの家にやってきたオデュッセウスなのかと言われても、英雄と盲者では天と地の差がある。ならば、ノーバティと自ら偽名をつけて相手を騙せるか。私はクソ真面目だ。自ら誰でも無いと名付けたら、ずっとそのままだ。
それだったら、水に濡れた裸のまま永遠に暗闇の中に隠れて、いつか溶け込んでいくまで待ってやる。私はそういう生き物だ。明かりを消した者よ、どうぞ遠慮なく咀嚼して嚥下して消化して排泄しやがれ。
(250219 あなたは誰)
2/19/2025, 12:49:54 PM