いろ

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【いつまでも捨てられないもの】

 自室の片隅に鎮座した、手のひらサイズのボロボロのクマのぬいぐるみ。首に巻かれた可愛らしいピンクのリボンもあいまって、私の趣味には全く合致しない。それでも施設から引き取られるときも、養父母の家から独り立ちするときも、この子だけは捨てることができなかった。
「ほら、この子がおまえを守ってくれるからね」
 両親の怒号ばかりが轟く家の中で、そう笑って兄が私へと差し出したもの。昔はいつも、この子をぎゅっと握りしめて地獄に耐えていた。ばらばらの施設に引き取られた兄がどうしているのか、今の私に知る術はない。
 当時の私には兄は立派な大人に見えていたけれど、少しでも私にまともな食事を摂らせようと年齢を誤魔化してバイトをしていたらしいあの頃の兄は、今の私よりも幼い子供だったのだ。あの人の小さな背中に、私はいつも守られていた。
 写真なんて撮るような環境じゃなかったから、私の手元に残った兄との思い出の品はこの古びたぬいぐるみただひとつだ。幼い妹を宥めようと、少ないバイト代の中から買ってくれたのだろうそれを、捨てることなんてできなかった。
 いつまでだって、捨てられない。このぬいぐるみも、兄との思い出も、もう一度兄に会いたいという願いも。
 記憶の中で声すら曖昧になってしまった兄の、私の頭を撫でる手のひらのあたたかさをなぞりながら、私は兄の手がかりを少しでも集めるためにSNSを立ち上げた。

8/17/2023, 10:35:55 PM