夜の祝福あれ

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ひとりきり

東京の夜は、誰にも気づかれずに泣ける場所が多すぎる。

高橋紗季(たかはし・さき)は、仕事帰りの電車を降りると、まっすぐに家には帰らなかった。駅前のコンビニで缶チューハイを一本買い、近くの公園のベンチに腰を下ろす。秋の風が肌を撫でる。誰もいない。誰も、彼女のことを知らない。

「ひとりきりって、こんなに静かなんだっけ」

声に出してみると、思ったよりも震えていた。三年前に婚約破棄された日も、去年母が亡くなった日も、今日のように誰にも言えずに、ただ黙っていた。強がりは得意だった。笑顔も、社交も、全部演技だった。

缶を開ける音が、夜に響いた。

そのとき、ベンチの向こう側に誰かが座った。紗季は驚いて顔を上げる。若い男だった。スーツ姿で、同じように缶チューハイを持っていた。

「ここ、静かでいいですよね」

彼はそう言って、缶を傾けた。紗季は黙って頷いた。しばらく沈黙が続いた。風が落ち葉を転がす音だけが聞こえる。

「俺も、ひとりきりになるために来たんです」

その言葉に、紗季は思わず笑ってしまった。彼も笑った。二人の笑い声が、夜の公園に小さく響いた。

「ひとりきりって、誰かと共有できるんですね」

紗季はそう言って、缶を持ち上げた。彼も缶を合わせた。乾杯の音が、静かな夜を少しだけ温かくした。

お題♯ひとりきり

9/11/2025, 10:55:53 AM