中宮雷火

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【置き手紙を残して】

今日は担任の先生と面談をしてきた。
進路のことを中心に、色々と話し合った。
・このままでは留年してしまう
・最悪、他の学校に転入することも考えなければいけない
・大学進学が難しいかもしれない
これらのことについて説明された。
「夏休みに補講を受けたりなどの措置を取らなければ難しいでしょうね…」

私はネットで検索したことがある。
高校で不登校になったら、どうなるのか。
どうやら、出席日数が足りないと留年するらしいのだ。
難しいことはよく分からないけど、私はほぼ確定で留年する。
留年したくないならば、通信制高校への転校。
「これからどうしたいか、まずは家庭でじっくりと話し合ってください」
担任の先生が出した結論は、これだった。

帰りの車の中で考えた。
私はどうしたいのか。
留年してでもこの学校に残りたいのか。
通信制高校に転校したいのか。
私にはよく分からない。
自分がどちらを望むのか、お母さんはどちらを望むのか。
どの選択肢が未来の自分を苦しめずに済むのか。
分からない。
分からないけど、決めなければいけない。
「夜ご飯食べたら、1回話し合おっか」
信号待ちの車の中、お母さんは私の方を振り返らずに言った。

午後8時。
リビングに向かうと、既にお母さんが机に向かっていた。
私は俯きながら椅子に腰掛けた。
ずっと考えた。
自分が何をしたいのか、どうしたいのか。
結論は出なかった。
だけど、自分は決めた。
「お母さんはね、通信制高校に転校したほうがいいと思う。」
私は悟ってしまった。
お母さんとの話し合いは、きっと上手くいかない。
「やっぱり今の学校で頑張るのは難しいと思う。留年してまで頑張るよりも、新しい場所で頑張ったら良いんじゃないかな、って。」
私は重たい口を開いた。
「私は、」
ここ何日間も見れなかったお母さんの目を、私は真っ直ぐ見た。
「今の学校で頑張りたい。」
お母さんが少しだけ目を見開いたような気がした。
「色々上手く行ってなくて、勉強について行けれてるわけでもない。だけど、友達がいるし、私の可能性を捨てたくない。」
私ははっきりと言った。
「私は、私を諦めたくない。」
これで、私の思いが伝わったなら。
どれだけ良いだろうか。
私はお母さんの目を真っ直ぐ見た。
どうか、伝わって。
しかし、そんな私の願いはそう簡単に届かなかった。
「そんな簡単に事が進むと思って。」
ああ。
分かってた。
分かってたけど。
「あのね、いっつも簡単なことのように言うけど、あなたが言うほど簡単なことじゃないの。このまま留年しても、結局みんなと同じように生活するのは難しいんだし。それならいっそ…」
私は、お母さんの言っていることが右耳から入り込み、左耳から抜けていくのを感じた。
お母さんの言っていることが頭に入らない。
私の中で、ムクムクと風船のような何かが膨れ上がっていくのを感じた。
どんどん膨らんでいく。
膨らむ。
広がる。
そして遂に破れた。
「いっつも!!」
私は水の入ったコップを机に叩きつけた。
水しぶきが飛んで机に散った。
「いっつもお母さんだけで決めないでよ!!
私の話なんか、全然聞いてくれないじゃん!!
なんで決めつけるの!?」
「いい加減にしなさい!!あなたは自分勝手過ぎる」
「自分勝手なのはお母さんでしょ!?
なんでみんなと同じように生活するのは難しいって決めつけるの?」
「それは」
「もういいよ。」
私は涙を堪えながら自室に戻った。

自室に入り、私は膝をついた。
なんで、なんでまた喧嘩してるの。
だけど、許せなかった。
私の可能性を簡単に否定されること。
上から目線な物言い。
全て嫌だった。
もう限界だ。
そう思ったとき、ふとオトウサンのギターが目に入った。
私はしばらく眺め、あることを思いついた。
家出、しちゃおうかな。
東京、行っちゃおうかな。
そんな考えが浮かんだ途端、私はロッカーを漁ってキャリーケースを探し始めた。
あった。
青いキャリーケース。
中学3年生のとき、修学旅行用に買ってもらった。
私はキャリーケースを引っ張り出して、中に服やその他諸々を詰め込み始めた。

翌日、午前8時。
お母さんが玄関を開け、仕事に行った音がした。
私はそれを二階の窓から見て、急いで荷物の準備をした。
所持金は4万円。
電子マネーは1万円分。
そして口座に3万円。
10年以上お年玉を貯め続けた私に感謝だ。
そして不登校の時期にポイ活やフリマアプリを始めた私は偉い。
一階に降りようとして、ふとギターが目に入った。
オトウサンが使っていたギター。
持っていこうかな。
私はギターをケースに入れて背負った。

リビングの棚から、オトウサンの日記や写真を盗み出してキャリーケースにしまった。
これで準備は万端。
机には置き手紙を残している。

「家出します。探さないでください。」

私は無言で玄関を開けた。
いってきます、なんて言わずに。
あーあ、まさかこんな感じで東京に行くとは思わなかったな。
世間が束の間の休みを満喫しようとする中、私は独りだ。
それでも、もういいや。
私は玄関の鍵を閉めて歩き出した。
空は嘘みたいに晴れていた。

10/8/2024, 12:16:33 PM