あかるあかり

Open App

『芽吹きのとき』

 それは例えば蛹。羽化に向けて力を蓄える。
 芋虫としての姿をリセットして細胞を蝶へと再構成する。蛹が破れるとき、芋虫はもう何処にもいない。過去の己れを否定して、未来の己れとなる。

 それは例えば蛹。
 羽化前の蛹をもしも破れば、そこには幼虫のかたちも、成虫の姿も、ないはずだ。どろどろの、虫とも思えぬ命ある粘液があるだけ。何ものかになる前の、何ものでもない命が、死ぬだけ。

 何ものかになりたくて、人生にコースが用意されていると思って反発して、誰かの影響で生きていたくなくて。
 でも、その反抗ですら誰かの受け売りだとまだ気づけずにいた少女。
 世界に叛逆するなんて、何千年前の古代から数え切れぬほどくりかえされてきた。それでも少女は己れがありきたりの道を歩いているとまだ知らない。

 だってそれは彼女が、彼女にとってはただひとつの、初めての、道だったから。
 蛹を裂けば少女は何にもなれぬまま絶えるだろう。
 しかし不安定な反抗の道を、周りの誰も鎖さない。叱ることはあっても縛りつけない。苦言のかたちで与えられる警句は、少女自身は気づかずとも、温かい。

 だって、その道は彼女だけの道ではなかったから。

 それは、蛹。
 不確定未来。

 彼女は鮮やかな羽翅をひろげて世界に出逢うだろう。

3/1/2025, 10:47:33 AM