椿餅

Open App

 夕焼けの赤い残光の残る空に、白い弓のようにして輝く月が浮かんでいる。そんな月を見て、私はまるで彼のようだな、と思った。私にとっては、見上げると首が痛くなるような場所にいて、それでいて清らかで光り輝くもの、それが彼という存在だった。
 けれども、私が彼をそんなふうに──自分からは遠く離れた場所にある綺麗な価値ある何か、といった扱いをすると、急に不機嫌になるのだ。それは、私が意識したものであっても、また無意識のものであっても。また、そのどちらでもないものも。彼はその、静かな、それでいてよく通る声で、私に嘆息しながら言う。いくら美しい言葉で表現したところで、貴女が私から距離を置こうとしていることに変わりはないでしょう、と。
 そうかもしれない、と私は思った。彼から離れたい──離れたところにいたい、遠くから見ていたい、という気持ちが確かに私にあるのだろう。どこかで私は彼を恐れたり、怖がったりしている部分があるのかもしれない。
 それにしても、何だって彼はそれを私に許そうとしないのだろう。何度言っても遠巻きにするような聞き分けのない人間など、捨て置けばいいものを。問いかけるようにして空を見上げても、三日月は何も答えてはくれなかった。

1/9/2024, 10:44:45 AM