それは突然の知らせだった。
私の大切な人が、交通事故で亡くなったと。
仕事中に掛かってきた電話に出れば、彼のお母さんを名乗る人からだった。少し不審に思ったけど、一度お会いした時に連絡先を交換していたことを思い出した。
電話口で聞いた話を、最初は詐欺か何かだと思った。彼が亡くなったなんて信じられなくて、電話を切った後、彼へラインを送った。そのメッセージは、マメに返信を寄越す彼にしては珍しく既読になっていない。
放心状態だった。
とても強いショックだけど、ドラマのように記憶を失うこともなければ記憶が曖昧になることもない。発言や行動がおかしくなることもないし、心や体は不思議と目まぐるしく動いていた。
彼の葬儀には通夜も告別式もお焼香をあげに訪れた。顔合わせのご挨拶ぶりにお会いしたご両親は顔色が悪く、私と目が合うと逸らして会釈をした。
「次に会うときは、由依さんのドレス姿が見られるのね」
「由依さんはきっと何を着ても似合うだろうから、選ぶの大変そうだな」
遠方に住む彼のご両親は頻繁に会えないことを残念がって、そう口にしていた。彼は恥ずかしそうにご両親を咎めていたけど、まるで自分のことのように喜ぶ姿をこの目で見た。この家族の一員として私をカウントしてくれることが嬉しくて、人生で一番幸せな時間だった。
彼にとって大切な家族で、私にとってこれから大切にしていきたい方々だ。
でも何て声を掛ければいいのか分からなかった。
結局無難な挨拶とお知らせをくださったお礼、始め電話口で無礼な態度を取ったことを謝罪してた。
彼のお父さんは口を固く結んで頭を下げ、彼のお母さんはハンカチを目に当てて「来てくれてありがとう」と小さな声で言った。それ以降、顔を突き合わせながら双方で黙ってしまった。忙しない会場内で、唯一静かだったのはここだけかもしれない。
「由依さん」
彼のお父さんが口を開いた。
「息子の……大希のことは、もう忘れてください。忘れて、どうか、幸せになってください」
その言葉を聞いた瞬間、私は頭に血が上った。
「忘れません」
会場内が一瞬、静寂になった。すぐにざわつきが戻ったけど、周りの参列者は私をチラチラ見ていることが肌で分かった。
「私はこれから素敵なご縁に恵まれて、大希さんとは別の男性と結婚して、子供を授かるかもしれません」
ご両親は顔を上げて目を丸くし、こちらに意識を向けているようだ。
「でもそれは、大希さんを忘れるとは別の話です。忘れません、絶対に。大希さんと将来を思い描いたこと、あなた方と親族になれたかもしれなかったこと。一時的ではあったけど、幸せな時間を過ごさせてもらえたこと。決して忘れません」
私は深く頭を下げた。頭上からはご両親の嗚咽が聞こえる。私は顔を上げることも、涙で濡れた顔を拭くこともできなかった。
『やるせない気持ち』
8/25/2024, 9:13:32 AM