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「夏」


短編小説「夏のせい」

昼の熱気がまだ残る真夜中の帰り道。
つい30分前にあったことを思い出して
頭の温度が2度上がる。
自販機で麦茶を買って首に当てて歩いた。
いい風が吹いてきたので公園のベンチで一休みした。



家庭の事情で会社をやめることになった先輩の送別会は
2次会には会社辞めてる人が来るくらい人が多かった。
面倒みがいい先輩はいろんな人に慕われている。中には泣いてる人もいた。
入社二年目の私には少し居心地が悪い。
でも人生相談も含めてたくさんお世話になったから二次会まではと思ったけど、明日が早い。
迷ったけど途中で帰ることにした。
深酔いの同僚達に囲まれていた先輩は「可愛い後輩との最後の別れだからな〜」と、いいといったのに店の外まで見送ってくれた。

「歩いて帰るのかぁ?大丈夫かあ?」
「ここからなら30分くらいだから大丈夫ですよ〜」
と私が言うと
「明日からお前に会えないと思うと寂しいぞ」
と頭をなでた。
これがセクハラにならないくらいの裏表のない優しい人で、偽りない言葉に私も泣きそうになるのをこらえて
「私も寂しいです」と笑顔で言うと

彼は額を私の額にコツンと当てた。
そんなことは初めてだったからびっくりして固まっていたら

キスされた。
無意識に私も目を閉じてしまった。

数秒二人で黙っていると
「かわいいからやっちまった〜」と照れて空を仰いだ。
「恥ずかしいから店に戻る!気をつけて帰れよ!」と店のドアを開けたとき

振り返って
「これは夏のせいだからな!水分とって体に気をつけろよっ。元気でな」と笑って店に入った。




私がなんて返したか、全く覚えてない。
なんで?どういう意味で?と頭の中をぐるぐるいっぱいにしながら、
ふと、
大きな体に似合わない雀のようなかわいいキスだったなあと思った途端笑ってしまった。


奥さんの療養のため、大好きな仕事もやめて奥さんの実家に行くとわかったとき、先輩らしいと寂しいながら納得もした。
淡い気持ちもあったけど、もちろん私は彼氏が好きだし、恋にも至らなかった。

でも…

「キスはずるいなあ」と空を仰ぐ。
ぬるくなった麦茶をごくりと飲んだ。
月が滲む。
汗が頬を伝う。
明日から、もう会えない。
スマホを取り出し、先輩のアイコンを見つめた。
好きなサッカーチームのマスコットだった。
熱く語るサッカー愛。
仕事がうまく行かないときは隣で泣かせてくれた。
気が弱くなって落ち込んでる姿が大人の男の人なのに可愛く見えた。
いつも率直な意見をいうのに、人を批判しないところを尊敬していた。
奥さんの病気のことを話すとき、初めて泣くところをみた。
大きな手でいいことがあっても悪いことがあっても頭をぽんぽんと叩いてくれた。
キスの前に初めて見た、あの表情は…
(先輩?意味を教えてほしい)
snsの画面を見つめて送信を押すか迷っていたら

ぴこっと、
通知がきた
「花菜、送別会終わった?迎えに行こうか?」
彼氏から。
「夜も暑いから水分とれ〜」
と時間差で届く。

スマホを抱きしめながら先輩の最後のセリフが被って
わらってしまった。

うん、そうだな。
「あーもう!夏のせいだなっ」
メイクも流れた顔をハンドタオルで拭いて、
空になった麦茶片手に私は彼に
「あと五分で着く」と返信した。




6/28/2023, 5:37:59 PM