狼藉 楓悟

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 よくある転生小説。異世界から手違いで呼ばれたごく普通の青年が仲間と出会い、共に旅するうちに成長し、スキルやらなんやらを利用して魔王を討伐する。
 そんな出来事を経験した勇者が丁度、俺を澄んだ真っ直ぐな瞳で見つめ、聖剣と呼ばれる美しい剣の切っ先を眼前十数センチの距離に突きつけている。
 ようやく、この物語も終わりを迎えようとしているようだ。彼の努力は配下たちを通じて見守ってきた。苦しい思いをたくさんしてきたことも、挫折しかけたことも、プレッシャーに押しつぶされそうだったことも知ってる。
 それと、強くなった今も、この場にいる誰より死を恐れていることも。

「ここまでだ。これで終わりだ、魔王!」

「まぁ、そう急ぐな。少しのんびりしたところで後ろで倒れているお前の仲間たちは死にはしないさ。」

「そんなの関係ない。仲間が今、苦しんでるんだ。」

「気を失っているのだから、今は痛みも苦しみもない。邪魔する者もいないんだ。せっかくだ、少し話をしようじゃないか。」

「っ……」

 警戒しつつ此方の様子をうかがい、俺が紡ぐ言葉を待っている。知ったことかと切りつけてもいいというのに。優しい彼はそんな事できないのだろう。というか脳内にその選択肢があるのかも怪しい。

「……知っているか? お前がこの世界に来る以前、お前と同じように召喚され、勇者として魔王討伐を命じられた男がいたのだ。」

「……聞いたことはある。」

「そうか。……そいつはお前とは異なりすぐ世界に順応し、剣の才能は今ひとつであったが、別分野で努力し、強力な魔法を扱えるほどにまでなった。」

「……その人は、どうなったんだ。」

「答える必要があるか? 俺はここにいるというのに。」

「っ!」

 怒りと憎しみ。そして恐怖のこもった表情を浮かべる。聖剣を構え直し俺を睨みつける。
 それらに俺は、余裕の笑みで返してやる。

「……無駄話はおしまいだ。魔王、俺はお前を倒す!」

「断る。」

「なっ……?!」

 話しながら展開しておいた魔法を使い勇者を拘束する。聖剣も奪って、身動きできぬようしっかりと。彼に殺されるわけにはいかないんだ。

「……勇者が魔王を倒しても、物語は終わらない。新たな魔王と勇者が現れるだけだ。これが正しいかなどわからないが、取り敢えず考えつく中で最も成功率が高そうなのがこれなんだ。」

「物語? 一体なんの、話を……?!」

 困惑する勇者に笑いかけ、俺は聖剣を自身の身体へ突き立てた。魔法で痛覚を遮断しておいたため痛みは一切ない。不思議な感覚だ。
 ……かつて魔王を倒した俺は、その瞬間に今までのすべての物語を見せられた。一番初めはこの世界の人間。次はその子孫。そして召喚された異世界人。俺は26人目の勇者だった。
 魔王を倒した勇者は次の魔王に……初代の魔王が残した最悪な呪いのせいで、俺は勇者から一転、魔王となった。

「そ、んな……」

「……魔王である俺が死ぬには、聖剣で貫かれる必要がある。そしてその聖剣は勇者であるお前にしか抜くことはできない。」

 ぐらりと体が傾き、その場に膝をつく。視界がぼやけてゆく。勇者を縛る魔法を維持することも難しく、自由になった彼が戸惑いの色を宿しながら此方へ一歩、二歩と歩み寄る。

「今まで魔王討伐に向かった勇者のなかに帰ってきた者はいないと、魔王に敗れたのだと言われていた勇者たちは、皆……」

「苦労するのはそれまでの道のりであって、魔王討伐は容易い。なんせ元勇者だ。自分の跡を継いだ者を殺そうとする奴はいない。お前の仲間も、文字通り眠っているだけだから安心しろ。」

 全て伝えた。これで終わりだ。足元に広がる血溜まりが、次第に砂のようになり消えてゆく。傷口から徐々に、この体も同じように崩れ、消滅へと向かう。

「……この城の入口まで魔法で送り出してやる。仲間と国へ戻り勝利を告げろ。」

 最後の力を振り絞り、魔法を展開する。転送先の座標は魔王城の門前。全員はぐれることのないよう注意して。

「っ、待ってくれ! まだ───」

「……最後の勇者よ。その勇気と努力に敬意と称賛を。」


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 あれから一ヶ月が経った。俺も仲間たちも無事王国へ帰還し、戦勝パーティーも開かれた。それと同時に、今までの勇者たちを弔う儀式も行われた。
 あの日、魔王……いや、先代の勇者から聞いた話をすべて国王へ告げ、彼の最後も、俺が倒したわけではないということも包み隠さず話した。
 しかし王はこの話を民へ伝えることを良しとはしなかった。終戦後の国を立て直すために英雄は必須であり、その威光が霞むような話はすべきではないとのことだ。
 嘘をつかせることになり申し訳ない、と謝罪された。王としても苦渋の決断だったようだ。そのため、弔いの儀はパーティーの比にならないほど大規模に行われた。
 世間では偉大なる勇者と呼ばれ、俺もそれに応えるため努力は怠らず、復興のため被害のあった地域を手伝い巡っている。
 王城内、王族のみが入ることのできる書庫には、俺が話した事がそのまましたためられた本が丁重に保管されている。
 多くの犠牲が忘れ去られてしまうことのないよう、真実を未来へ伝えるために。


#17『もう一つの物語』

10/29/2024, 1:40:05 PM