わたしは、あなたと初めて会った日のことを覚えていません。
なぜなら、そのときわたしは生まれたばかりだったからです。
わたしは、あなたがそばにいるのは当たり前の事だと思っていました。
スーパーで買った海苔巻を、あなたといっしょに食べるときがすきでした。
あなたのしわしわになった手は、血管が浮き出て、毛穴が見えないくらい、つるつるしていました。
わたしの手とは全然違っていることを話すと、ニコニコしながら手を見せて握らせてくれました。
あなたはわたしがものごころついたときには、歩くときに杖をついていました。
わたしは小さな手で、あなたが転ばないように支えようとしました。
しかし、そんな心配とは裏腹に、あなたはふらつきながらも確実に一歩ずつ歩を進めていましたね。
あなたは毎日、食前に養命酒を飲んでいました。
わたしは、これがあなたの健康の秘訣なのだと思いました。
わたしが成長していくにつれて、あなたといっしょに過ごす時間はだんだんと少なくなっていきました。
たまに遊びに行ったときには、笑顔で迎えてくれました。
わたしはあなたの笑顔を見ると、学校にうまく馴染めなくても、「ここにわたしを受け入れてくれる場所がある」と、なんだか安心した気持ちになりました。
あなたのおかげで、わたしは明日もがんばろうと思えました。
ある日、あなたが倒れて病院へ運ばれたと連絡がきました。
その何日かあとに、あなたは家に帰ってきました。
あなたは、わたしをみても誰かわからないといった様子でした。
わたしがあなたの手を握ろうとしたときに、あなたは声を荒げてわたしの手を振り払いました。
わたしは、あなたがわたしを忘れてしまったことが悲しくて、しわしわの手を握らせてもらえなかったことが悲しくて、あなたのことは大好きなのに、この悲しいきもちをどうしたらいいのかわからなくなって、気づいたらあなたと“こころのキョリ“を置いていたようです。
毎回、もしかしたら思い出すかもと淡い期待を抱いて、あなたに会いにいきましたが、思い出す様子はありませんでした。
しかし、ふとしたときに、なぜだか説明はできないし、気のせいかもしれないけれど、わたしのことがわかっているのかと思う瞬間がありました。
しばらく経ってもあなたは変わらなくて、最初は大声を上げたときに「大丈夫?」と気にかけていたけれど、次第に慣れてきて、あまり気に留めなくなっていました。
次第に、あなたに会いに行ったときに、あなたといっしょに過ごす機会は少なくなりました。
それから、あなたは緩やかだけど確実に衰弱していきました。
あなたが永眠したと知らせをきいて、あなたに会いにいくと、横になって冷たくなっていました。
あのとき、わたしはあなたとの楽しい思い出がたくさんあるはずなのに、それを思い出せなくなるくらい、後悔のきもちが大きかったです。
あなたは、わたしのことがわからなくなっていたけれど、わたしはそのことを言い訳にして、あなたと向き合おうとすることができなかった。あなたと直接話すことが難しくても、いっしょに過ごすことはできたはずなのに。
わたしは、あなたの死を受けいれることができなかった。もうあなたには会えないなんて。そんなのうそだよね。
お葬式のときも、受け入れることができないまま、あっという間に時間が過ぎていきました。
あれから何年も月日が過ぎましたが、わたしは今、あなたの死を受け入れることができているのでしょうか。
こうやって書いている間にも、涙が溢れて止まらなくなりました。
この涙は、受け入れていないからなのか、受け入れたからなのか。
どちらにしても、時間は止まることなく進み続けているので、わたしはその流れについていかなければならないと思っています。
あなたは今どこでなにをしていますか。
あなたは、この“セカイ”にはいないけれど、あなたの“想い”はわたしのなかにあると思います。
想い(おもい)は重い(おもい)と同じ読み方をします。
これは偶然なのでしょうか。
わたしはそうではないと思います。
あなたの“想い”は重力に従っているため、わたしの“セカイ”で、わたしのなかで生き続けているということだと信じていたいのです。
たまにでいいので、わたしのことを思い出してほしいです。
あなたが思い出してくれると、理由もなく小さな勇気が湧いてきて、それが次第に大きくなっていく気がするのです。
勇気がある限り、なんどつまづいて転んでも立ち上がることができるのではないかと思います。
いつか、わたしが長い旅を終えて、あなたのもとへたどり着くことができたときには、わたしはまずあなたの方へ走って行き、あなたを抱きしめるでしょう。
あなたのぬくもりを感じて、うれしいきもちとこれまで会えなかった寂しいきもちが混ざり合い、涙がたくさんあふれてくるでしょう。
そして、あなたは、わたしのことを忘れていたとき、「意識の海の深い深いところでは、あのときもちゃんと覚えていたよ。」きっとそう教えてくれるでしょう。
その後は、わたしが旅で会った人々や、その人々との思い出、経験して学んだこと、うれしかったこと、かなしかったことなど、おそらく一晩では足りないくらい、あなたに話したいことがたくさんあることでしょう。
あなたの話も合わせたら、少なくとも二晩は必要かもしれません。
わたしの大切な人たちもあなたに紹介したいです。あなたの大切な人たちとも話してみたいです。
たくさん人が集まってきたら、みんなで運動会をやってみたいです。あなたは、きっとわたしよりも速く走っているような気がします。
あのときの後悔はあなたに会ったときに謝ることで示すのではなく、これからの生き方であなたに示したいと思います。
長い旅を終えてあなたのもとへたどり着くそのときまで。気長にまっていてください。
________________________________________あなたのもとへ_______________________________________。
1/15/2025, 5:30:21 PM