第十一話 その妃、発破を掛ける
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京畿の西には、我が物顔で踏ん反り返った密竹と、それに隠されるように棲まう一族がいる。そこはまさにその竹のように高慢で横柄、そして烏滸がましい人間で溢れ返っていた。
その一族には、東に棲まう“星”の一族と同等か、それ以上の力を持つ“月”に愛された『神の子』という存在があったからだ。
神の子は、その生まれ持った“憑き”を惜しみなく使い、常に人々の幸せと未来の繁栄を願っていた。
しかし、ある時を境に神の子からその憑きが落ちてしまう。
一族は再びそれを取り戻そうと、神の子を小さな舟へと乗せ、満月が沈む夜の海へとやった。
そうして、無事に戻ってきた神の子は見事憑きを取り戻し、その短い命果てるまで、月に愛されし一族を守っていくと誓ったという――。
* * *
神にそして帝に対し、敬虔な態度を執ることで信仰心を示す、この国の人間たちは皆愚かだ。
彼等は常に、この国の平安を願っている。願うだけで叶うと信じているのだ。
そもそも本物の平安など、到底他人任せでできるものではないというのに。
「……あのさ、僕の話全然聞いてなかったでしょ」
さっさと取った尊敬語にも、妃はただ一笑に付すだけ。加えて、「何が問題なのかさっぱりわからない」と言いたげに見下してくる始末。
宦官として付き従っている知り合いの阿呆に至っては、何故かどことなく居心地悪そうにしていて……正直わけがわからない。
この状況に飲まれてなるものかと、一度咳払いをして整理し直す。
……問題なんか山積みに決まっている。
そもそも相手が相手だし、此方の立場もある。
そして何より、命よりも大切な人たちを護れなければ、この反逆に意味はない。
それにもかかわらず、作戦など有って無いようなもの。これを問題だと言わず何と言う。
「じゃあ逆に聞くけど、誉れ高い陰陽師くんは、一体何を恐れているのかしら」
素の態度と嘲笑の奥に隠された、見定めるような空気感。
これだけの話をしておいて、今更作戦から切り離されることはないだろうが、見下されるのは正直言って腹立たしい。
「あんたと違うことはただ一つ、僕が捨て身じゃないこと。護れなきゃ意味がないんだよ」
「護ればいいじゃない。まさかとは思うけど、君ほどの実力者が、頭ん中花畑の馬鹿鳥に負けると思ってるわけじゃないわよね」
「言ったろ。捨て身にはなれない」
「言ったはずよ。問題なんか“初めからない”と」
謎かけのような言葉に頭を抱える。まだ、この妃が何を言いたいのかがわからない。
「知っての通り、この国の人間はみんな信仰心が高いでしょう?」
「だから何」
「だからみ〜んな、“綺麗事”が大好きなの」
「……だから?」
「信じているのはそれだけ。だからそれ以外のことは信じないし、そもそも……知らないかもしれないわね」
そこまで来てようやく、この変人奇人が何を言いたかったのかがわかる。
「栄《ロン》。呼びやすい方がいいでしょう」
「ジュファよ。やる気になってくれたみたいでよかったわ」
「あれだけ発破を掛けられてしまっては、そうならざるを得ませんって」
そもそも、綺麗事だけしか信じない国の人間たちが、その国が滅ぶなんて絶望を信じるはずもなければ、そんな不名誉を語り継ぐはずもない。
ましてや、国の史実として残るなんて以ての外。誰もどこにも書けはしないだろう。
何せ、都合の悪いことだけ隠してきたのが、ここで仇となるのだから。
「ふふっ。存分に暴れるわよ」
「それはいいんですけど……アレ、どうしたんですか」
「さあね。幽霊と話でもしてるんじゃない?」
あれから修復できていない壁の穴から、ぼうっと庭先を眺めている阿呆はもしや、彼女の言葉を初めから理解していたのだろうか。
しているようには到底見えないが、していたらと思うと腹が立ったので、取り敢えず式神で後ろからどついておいた。
#どこにも書けないこと/和風ファンタジー/気まぐれ更新
2/7/2024, 9:55:10 PM