かたいなか

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「『あいあいがさ』って、こう書くのな……」
わぁ。シンプルなお題だけど、書ける気がしねぇ。某所在住物書きは乾いた笑顔で天井を見上げた。
「シチュは作れるの。カンタンさエモくすれば良い。仕事に疲れた後輩とその先輩でも放り込んどけよ、勝手に雨の中で先輩が濡れた後輩に傘差し出すから」
でもエモなお題には非エモで対抗したいのよ。物書きは己のこだわりを告白し、今日もため息をつく。

「ふーん、ウィキの『傘』の項目によると、『中国や韓国では、従者が主人に差し掛ける「差し掛け傘」はしばしば見られるけれども、相合傘は日本にのみ見られる図様である』。『単純に例の相合傘マークが日本のローカルネタなだけです』じゃなくて?マジ?」

――――――

「相合傘」は、ふたりがひとつの傘の中に寄り添うこと。「最合傘(もやいがさ)」は複数の人が共通で使うひとつの傘だそうですね。
「◯合傘」のトリビアひとつ添えたところで、本日のおはなしの、はじまりはじまり。

最近最近の都内某所。人間に化ける妙技を持つ、不思議な子狐の餅売りが、夜雨に降られておりました。
「寒いよ、さむいよ」
街灯乱反射する雨の夜道に、ひとりぼっちの子狐。絵になりますね。約20℃の夜の東京の、局所的な降雨は、コンコン子狐の傘持たぬ体をまんべんなく濡らし、体温を奪っていきます。
「かかさん、さむいよ。おててが冷たいよ」
都内でお茶屋を営む母狐の、おつかいの帰り道。買ったものを濡らさぬよう、ぎゅっと抱えて、体を丸めますが、それでもポタポタ水滴は容赦しません。
「かかさん、かかさん……」
キャン、キャン。力無く鳴く子狐は、とうとう道路のすみっこで、小ちゃく、うずくまってしまいました。

そこに現れたのが母狐の茶っ葉屋の常連さんで、餅売り子狐の唯一のお得意様。
「おまえ、あの子狐か」
黒い大きな傘で、ぴっちゃり濡れた子狐を覆い、雨から遠ざけてくれました。
「濡れて動けないのか?茶葉屋に帰りたいのか?」
あーあー。こんなに濡れて。洗濯直後のぬいぐるみかシャンプー中の犬猫だ。
お得意様は子狐に、エキノコックスも狂犬病も無いのを知っているので、手持ちのタオルで毛を拭いて、拭ききれないのを諦めて、自分のリネンのサマーコートを脱ぎ、それで包んでやりました。

「丁度良い。私もこれから、部屋に帰るところだ」
子狐が大事に持っていた袋を、母狐からのおつかいの物を防水バッグに入れる、常連さん兼お得意様。リネンに包んだ子狐を抱え、黒い大傘を差し直します。
「捻くれ者と相合傘だが、文句言うなよ」
まぁ、子狐と人間で、相合傘がそもそも成立するのか不明だが。お得意様が云々付け加えて話す間に、体が少し乾いてあったかくなった子狐は、すっかり安心して、スピスピ寝息をたててしまいました。
街灯乱反射する雨の夜道に、子狐抱えて傘さし家路につく大人は、それは、それは絵になる構図でした。

人間の大人と子狐が、相合傘するおはなしでした。
深い意味はありません。某所在住物書きが、ただ書きたかっただけのおはなしです。
人間と人間の、エモでムーディーな相合傘を書けないがゆえの、苦し紛れなおはなしなのです。
しゃーない、しゃーない。

6/19/2023, 2:42:48 PM