「暇だなぁ…」
宝箱の側で、灰色の少女が退屈そうな声を上げている。
「ねぇ、楽しい事っていつ起こるの?」
少女は、唇尖らせて如何にもぶーたれてますっていう顔だ。
質問に答えてあげたいのは山々だが、それに答えられる人は現実的に少ないだろう。
「いつか、だよ」
「ふーん」
やはり私の曖昧な言葉では、満足してもらえないようだ。
「ごめんね、ちゃんと答えられなくて…」
明確な答えがあれば良いのだが、それとは別に月日が経つにつれ、現実的な問題が眼前に迫っている。
どんな中にあっても、生きていく選択肢は選ばなくてはいけない。
「はいはい、大人は大変だね」
「まぁね…。だから、今この状況が変わらない、或いは、悪化するのなら、別の道を検討しなきゃ…」
「…飽き飽きしてる、あのルーチンの世界に戻るってこと?」
「うん、そう。最早慣れ親しみ過ぎて、先がよく見える世界だよ…行きたくないけど」
そう言うと、少女は真面目くさった顔をしてこちらをジッと見てきた。
「あのさ、今この状況って曇りかなーって自分思うんだけど。覚えてる?」
「曇り?太陽が隠れて、薄暗い状態だね」
「そうじゃなくて、光の道と影の道だよ。一人歩きの時よく考えてたじゃん」
懐かしい考え方だ。
太陽が出ていると必ず道には、光と影が出来る。
建物の影、草木の影──光がある限り、道には大小の影がある。
光が好調期と考えるならば、影は停滞期と考える。
光があるうちに前をよく見ておけば、誤って影に踏み入れてしまったとしても、光の場所を目指して早く切り抜けられる。
逆に自身の足元の影ばかり見ていると、影の中に入ったことにも気づかず、影での停滞が長くなってしまう。
前を見て、常に先を考えなさいという事だ。
そして、太陽が無い曇りの時は──
「前と上を見るんだよ。雲の切れ間が空にあるかもしれないし、前に光が差し込む瞬間を見つけられるかもしれないんだから」
少女がニコニコしながら言う。
大抵のことはそれでなんとかなるだろう。けれど──
「今回、その考えは使えないかな…。ちょっと状況が合わない…」
そう返すと、少女は腕組みをして眉毛をギュッと寄せた。
暫しウンウンと唸っていたが、答えが閃いたのか目を大きく見開き大きな声をあげた。
「だったら、期限を決めるのはどう?!期限を決めて、それ以降はスパッとあきらめちゃうやつ。現実的問題を鑑みて、来月半ば頃まで何も起きない、或いは、悪化するのなら状況をリセットしちゃうの」
リセット…。
「…なるほどね…。うん、一つの物語候補としておくよ」
出来ればなってほしくないルートだ。
可能性のレベルを極小にして、見えづらいところに置いておくことにする。
「じゃあ、次は明るい道を考えよう」
こちらの暗澹たる心もつゆ知らず、少女が明るい声を出す。
「現実的問題は脇にやって、やりたいことをすれば良いと思うよ」
「…それなりにしているよ」
「けど、お預けを食らっている犬みたいな顔をしているよ」
その言葉に心臓がドキリとした。
心のどこかで見ないふりをしていた感情が、ざわざわとしている。
「…わからないんだ。何だかここのところ全部空回りしているみたいで。ずっとどこか宙ぶらりんな感じがするんだ。その度に、不安が現実を連れてきて。その度に跳ね返して…ひたすらに待って、信じるを繰り返してるんだ」
「待って信じてるだけって!本来の性に合うわけないじゃん。私見て!好奇心で何キロも歩く奴だよ?待ってないよ?」
「行きたいんだけど、道がわからないんだよ」
「だったら簡単さ」
少女が得意そうに言う。
「行きたい場所があるなら行けるよ。想像の羽根は無尽蔵、奇跡だって起こすよ。その為に、邪魔な思考なんて取っ払って…」
少女は、私の頭の上をパタパタとはたいてくる。
まるで、羽虫を追い払うかのような仕草だ。
「はい、はい、余計な思考いらない。余計な気遣いもいらない。邪魔、邪魔、重い感情も、はい、そこ除け、そこ除け、お呼びでない、必要なのは明るさ、
希望、心が温かくなるものだけ」
軽い調子で紡がれる少女の言葉に思わず吹き出すと、心が軽くなった。
「ようやっと笑ったね。ならば、質問です。あなたの願望は何ですか?」
私の願いは──
「──早く会いたい」
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もう一つの物語
10/29/2024, 2:57:26 PM