「空が青い日に迎えに行くね」
妊娠した浮気相手の椿を、やっぱり責任取れないからと適当に捨てた時に言われた言葉だ。
その時は意味がわからなかったのと、大きなお腹をした椿の異様な雰囲気に気圧されて、俺は逃げるようにその場を立ち去った。
そこから5年が過ぎた今日。
あの時の本命の彼女、美春との結婚式が行われる。
あれから椿と適当に遊んだことを後悔した俺は、美春に殊更愛情を注いだ。
椿の言葉を受けてしばらくは、晴れた日を特に警戒して過ごしていた。
だが、不思議なほど何も起こらず、次第に椿への恐怖感も薄らいでいった。
椿と別れてから4年目、流石にもう大丈夫だろうと思い、美春にプロポーズした。
十分時間も経ったし、椿もきっと、どこかで幸せになってくれているはずだ。
曇天の空の下、もう絶対に浮気はしないと固く心に誓い、結婚式に臨む。
今日の俺は、最高に幸せ者だ。
結婚式が始まり、教会の中で新婦である美春の入場を待つ。
雲が切れ、快晴となった空から教会に光が降り注ぎ、神秘的な空気を醸し出す。
その時だった。
招待客の一人が立ち上がり、俺に向かって走ってきた。
あんな男、俺達の知り合いにいただろうか。
そんなことを思いながら固まってしまった瞬間、腹に衝撃が走った。
痛い、痛い、痛い。
刺された俺は床に倒れ伏した。
周囲から悲鳴が上がる。
他の招待客に取り押さえられた男が叫ぶ。
「死ね、この屑が!お前のせいで娘は…椿は死んだ!」
嘘だろ。椿が死んでいたなんて。
あまりの痛みと驚きで言葉を発せられない。
男は鬼のような形相で叫び続ける。
「子どもを堕ろせなくなっていた椿は心を病んで、お前の人生最高の日、晴れの日に復讐してやるとずっと言っていた。だが、復讐する前に出産で椿は子どもと共に死んでしまった!お前が殺したんだ!」
「…!」
「娘の仇は父親の俺が取る!娘を返せこの外道が!お前が幸せになるなんて絶対に許さない!そのまま床に転がって死んでしまえ!」
椿の父親が泣き叫ぶのを、周囲が必死で取り押さえている。
そして俺に突き刺さる心配と軽蔑の混じった視線。
段々意識がぼんやりしてきた。
本当に死んでしまうかもしれない。
嫌だ。
折角結婚できるところだったのに。
椿は死んでしまったが、美春は生きていて、俺が幸せにしなくちゃいけないんだ。
『ひさしぶり、この屑野郎。まだ自分と美春さんのことを考えてるだなんて、余裕だね』
どこからか椿の声がする。
底冷えするような、恐ろしい声。
『私も赤ちゃんも死んで、お父さんの手を汚させて』
どんどん椿の方に引っ張られている気がする。
悪かった、やめてくれ、頼むーーー
『やめるわけないでしょ。これからあんたは罰を受けるの。私たちの気が済むまでね』
心が絶望に染まる。
もう身体の痛みは感じない。
朧げだった椿の人形のような顔がはっきり見える。
椿が赤ん坊を抱え、聖母のように微笑む。
そしてこちらを見て、
『早く死んでこっちにおいで』
俺が苦痛なく正気を保てていたのは、この時が最後だったーーー
テーマ『快晴の空』
4/13/2024, 12:29:43 PM