雪の灯

Open App

「お疲れさま」

少し高めの涼やかな声が張り詰めた空気を揺らす。
任務完了。
ふ、と小さく息をついて、オリヤは緊張を解いた。

「調子、良かったんじゃない?」

ぐっ、と伸びをしたオリヤの影の隣、軽やかにもう一つが並ぶ。

「うん、晴れて良かった。」

まだまだ発展途上で、天候に左右されがちなオリヤの術は、今日のようなからっと晴れた昼下がりの任務と相性が良い。
オリヤらしいね、とどことなく嬉しそうにコノセが笑った。

「あ、いや、天気の話なんてどうだっていいんだ。終わったら話したいことっていうのは、そうじゃなくて」

話したいことがあるから、任務の後少し時間を取ってほしい、と連絡したのはつい昨日だ。
任務が入るのは不定期だし、入らないと会えないのでぎりぎりでも仕方ないと言えば仕方ないけれど。
続きを促す気配に、オリヤは短く息を吸って。
真っ直ぐコノセを見つめて、一気に言い切った。

「コノセのことが好きです。良かったら、俺と付き合ってください。」

コノセは少なからずたじろいだように見えた。
何か言いたげに口元を動かして、でもやっぱり言い淀んで。

「ごめん、それはできない。」

ただ端的にそう言った。

「そっか。」

沈黙が落ちる。
なんとなく、そんな気はしていた。
コノセと初めて会ってからもう短くない時が流れていて、自惚れではなく、コノセの一番近くにいる存在だと確信している。
一番信頼もされている。
それでも、ずっとその先には踏み込めない一線みたいなものがあった。
コノセが自分に、“仕事上のパートナー”より先へ行かせてくれないことを、オリヤは知っていた。

「ごめん、まぁ、多少気まずいかもしれないけど、今まで通りにしてほしい。」

「うん、わたしも、ごめん。」

「なんでコノセが謝るんだよ。」

とぼけて笑いながら、本当はわかっていた。
コノセはオリヤを振ったことに対して謝っているんじゃない。
線を引いて弾いていることを自覚して、そのことを謝っている。
それでも。

「コノセ、俺さ。」

この際だ、全部言ってしまおう。

「コノセのことが好きだよ。大切で、コノセの一番になりたいと思ってる。それで、」

それで、何より、「恋人」の立場を欲しがった理由。

「もうコノセを一人にしていたくない。」

仕事上のパートナーがいても、生き方を教えてくれた先生がいても、まだ頑なに一人を貫こうとするこの子は、「恋人」なら、「一番大切な存在」だとはっきり名前をつけた人間なら、その一人ぼっちの線の内側に入れてくれるだろうかと。

「オリヤ」

静かな声に呼ばれる。
いつだって、オリヤに“オリヤ”としての輪郭をくれる声。

「ねぇ、いい天気だね。」

眩しそうに目を細めて、コノセが空を見上げる。

「術には心が表れる。こんなに明るい世界に、素直に影響されるような術を使う人、なんて底抜けに善人なんだろうって、いつも思うよ。」

視線をオリヤに移して、それなのにまだ眩しいものを見るような目をして。

「オリヤは善い人すぎるから、優しすぎるから、そんな人が理不尽に傷つくところは見たくない。」

何も言えないオリヤの視界の端で、ただでさえ小さめな手がさらに小さく、ぎゅっと握られる。

「オリヤみたいな人には、ずっと笑っていてほしい。」

わたしの我儘だよ、だから、ごめん。

コノセはだんだん語調を弱めて、最後はぽつりと呟いた。
まるで、コノセと深く関われば必ず理不尽に傷つくと決まっているような口ぶりだった。
そうやって、コノセが一人でいるうちはオリヤが笑えないことなんて、思い至りもしない。

「わかったよ。」

それでも結局、コノセが望んでいないことをできるはずがないんだ。
それに、コノセは気づいていないかもしれないけれど。なんとも思っていない奴を、あんな声で呼び、あんな表情で語る人間はいない。
うーんっ、ともう一度大きく伸びをして、オリヤは明るい声を上げる。

「なぁ、なんか食ってかない?そういえば、俺今度こっちの方来たら行きたいと思ってた店があってさ」

快晴の空の澄み切った青が、歩き出した二人の上に、どこまでも広がっていた。


-天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、-

6/1/2023, 4:24:52 AM