田中 うろこ

Open App

 分からない。分からない。分からない。
みんなの気持ちなんて、全然分からない。ひた長い歩道を突き進む。足がちぎれそうになる。怒りで握った拳が痛い。自分の機嫌を取るためのネイルに刺されて、血が滲むままに進む。
 分からない。意味も意図も結果も何もかも。その全てをぶち壊しにしてしまいたくて、だけど拳を痛めたいとも思えなくて、全てを投げ出して来た。二駅分も衆目に晒されることが耐えられなくて、歩いて歩いて歩いてきた。
 もうアパートは目の前である。

 くしゃくしゃのシーツに散乱する服たちが、いかに杜撰な生き方かを証明してきて生意気だ。鍵を掛け忘れた。軽く扉をこじ開けて布団に倒れ込む。布団の柔らかさだけが私の味方だった。
 今は、なんでこんな私なんかに優しくしてくるのだと、怒り心頭足まで怒りで満たされている。窓も開けっ放しだったらしく、白のレースカーテンが小癪に舞い踊っている。

「あああああああああああ!!!!」

 気がつけば、血のにじむ爪で、痛む拳で、ちぎれそうな腕でそのカーテンを引きちぎっていた。ビルも窓もカーテンですら誰も遮れなかった夕日がこめかみを突き刺した。眩しくて、直視出来なかったから。びりりと言ったカーテンの断末魔は頭から離れず、助けてと心で泣いた私の声すらもかき消していくようだった。

地面に散乱する白い布切れは、私の最後の善性で、私に残った最後の、天使の羽。私が天使であったとは言わないが、天使であれる可能性が、今に完全に毟り切られたのだ。

『カーテン』

7/1/2025, 4:57:47 AM