うそつき、と。
私は口の中で呟きました。
あなたはあの日、「またね!」と言いました。
確かに。
だから、私はもう一度会えると信じていました。
幼い私は、純粋にも「また」が言葉通りまたあるものだと、信じていたのでした。
空も海も透明に凪いでいて、春のぬるい温度がすうっと抜けています。
春特有の、霞がかってちょっとぼんやりした空気の中で、私は深呼吸をしました。
あなたが私に「またね!」と笑いかけていたあの時も、この今日の春と同じように、境界のないぬるい、なあなあな長閑な空気の中だった、と、私の記憶がささやきます。
だから、私はうそつき、と口篭ったのでした。
あなたが私の前から消えたのは、もうずいぶん前のことでした。
あなたはいつもの通りに笑顔で、いつも「バイバイ」と別れを告げるような口ぶりで「またね!」と。
そう言って手を振ったのでした。
私は、あなたが初めて、別れの言葉で次を確約するようなものを選んだことに、気づいて驚いて、それで本当に嬉しくて、満ち足りた気分であなたを送り出したのでした。
それがここまでの別れとなることを知らずに。
私は、あなたを返してしまったのでした。
あれから、月日は巡り、年は経ち、
春が夏になって、夏が秋になって、秋は冬になりました。
私もずいぶん大きくなって、あなたの力を借りなくても楽しく過ごせるようになって、最初の数週間みたいに、あなただけをずっと待っていることも無くなりました。
あの当時、私にはどうしてとても重かったあなたへの秘密。
たった一つ持つだけで、お母さんについた嘘よりずっと私の心に重たかった、あなたへの秘密。
それも今ではたくさん増えて、なのに私の心には、ほんの綿毛ほどの重さももたらさずに、今も増え続けているのです。
あなたを待つ間に、私はすっかり大きくなりました。
あの時は口内炎をかすめるトマトより口を通るのが辛かった、あなたへの悪口も、今ではあまりに容易く口まで込み上げるので、堪えることに難儀するほどです。
それでも、私は、私はまだ、あなたを待っている気がします。
つい最近、ひどい風邪に悩まされながら悪夢を見た時も、私はつい、あなたに助けを求めてしまいました。
うそつきで、まだ帰ってきていなくて、きっと戻ってこない。
そう分かっていても、私は譫言で、あなたを呼んでしまった。
あなたが家から運び出される時、あなたはいつものように笑って私に手を振りました。
またね!
って。
あなたはまだ帰ってきません。
あなたの「また」はいつだったのでしょう。
うそつき、私は口の中であなたに呟きます。
今、ここは春です。
霞がかったぬるい空気が満ちています。
あなたの「また」はあるのでしょうか?
私はまだ、まだ、ほんのひとかけらだけ信じています。
あなたのまたね!を。
4/1/2025, 6:35:31 AM