ラクガキ

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【遠くの空へ】

 幼いころから、自発的に行動することができなかった。

 母は乙女チックで可愛い人だった。わたしにも、〝かわいい〟を求めるのは必然で、食べるもの、着るもの、交友関係。そのすべてに母の求めた答えがあって、その問いがわたしの人生の指針だった。

「アンタはどうしたいワケ」

 言われたとき、視界が開けるようだった。

 ずっとずっと、息苦しくて、居場所がなかった。
 肩身が狭かった。
 自分がそう感じていたことに、言われて初めて気がついた。

 明るい金髪、数え切れないピアス、無愛想な美形ゆえの圧、間延びした口調。
 手入れの行き届いた黒髪、着崩すことを知らない制服、美形の圧を柔らかくするための愛想、堅い敬語。
 何もかもが違うわたしたちは、パズルのピースが嵌るように仲良くなった。大抵はわたしが話す内容に彼が相槌を打つ、というかたちでコミュニケーションをとった。

 可愛がっていた娘が恋に現を抜かしているとあっては面白くない。母は当然、交際を反対した。
 従わなければ母に嫌われる。でも彼と出会えたこの幸運を手放したくない。手放すわけにはいかない。説得は困難を極め、結局、母を納得させることはできなかった。

 絶縁覚悟で自立したのは、大学入学を機に一人暮らしを始めたころだった。母は眉を下げるが、わたしにどうしても行きたい学校があったこと、彼とは遠距離恋愛になることから承諾を得ることができた。

 遥か遠くの地で、一人暮らし。羽ばたくきっかけをくれたのは間違いなく彼だ。母もきっとわたしに失敗してほしくないだけだ。わたしが、変わらなければならないのだ。

8/17/2025, 4:39:02 AM