るね

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【上手くいかなくたっていい】

(勇者と元騎士、元騎士視点)

宿で適当に済ませた朝食の後、テーブルに頬杖をついて、華奢な少女でありながら勇者でもあるヒナタが言った。
「神様が夢に出てきて言ってたの。『勇者は聖剣以外の武器を扱えないから早く聖剣を見つけろ』って」

「……は?」
この勇者様は、今、なんて?
「城に居た頃に私の剣の腕が上達しなかったのはそのせいだったみたい」
ヒナタはうんざりした様子でため息をついた。
「そんな大事なこと、先に言っておいて欲しいんだけど」

確かに、私が護衛騎士として近くで見ていた間、ヒナタの剣は酷いものだったが。
聞きたいのは、呆れたのは、そこではない。神というものはそう簡単に人間の夢に出てきたりしないはずだ。

茫然とする私のことは置き去りにして、ヒナタはムスッとした顔でぼやく。
「この前の遺跡はハズレだったし、新しく情報を仕入れないと」

確かにその通り。
しかし、この勇者はまだ未成年の少女で私は元騎士のお尋ね者。聞きたいのが聖剣の話では、疑われても仕方がない。

「城の連中に勘付かれたら面倒ですよ」
相変わらず手配書の顔は似ていないが、追手はいるはずだ。
「それなんだけど、外見を変えたらどうかな。髪の色とかさ」
私は言葉に詰まった。まさか……?
「アルならできるでしょ? 幻影の闇魔法で」

ああ……やはり。
何故知られたのかはわからないが、これは少し釘を刺しておくべきか。
「あなたはまだまだこの国の常識に疎い」
「仕方ないじゃない。異世界人だし」
「ここでは、闇属性の魔法というものは歓迎されないのですよ」
「……そうなの?」

首を傾げたヒナタに言い聞かせる。
「私は確かに闇魔法が使えます。もちろん幻影も。ですがこれは知られれば疎まれるもので、隠しておく必要があるのです」
「でも……実際に幻影が掛かっているかなんて普通はわからないでしょ?」
「それはそうですが」

両親は私に甘く、闇魔法に適性があっても可愛がってくれた。けれど、世間一般にはそれがかなり珍しいことだというのは知っている。

幼い頃からの婚約は、闇魔法が使えると判明してすぐに解消された。父の後継は弟に変更された。騎士には相応しくない力だと、理不尽な暴力を受ける原因にもなった。闇魔法は人前では極力使わないようにしてきた。

しかし、ヒナタはそんな事情を何も知らない。単純に便利だとでも思っているのだろう。
「どうしてもだめ? 上手くいかなくたっていい。どうせここにも長くは居られないんだし」

私はそっとため息をついた。
「仕方がありませんね。ひとまずは今日だけですよ」
自分の外見を黒髪黒眼に偽装する。ヒナタが顔を輝かせ「すごい」と声を上げた。

「私は? 何色にする? 金髪とか?」
「いえ。あなたはそのままで」
「え、なんで」
「二人とも黒髪黒眼なら、兄妹に見えるかもしれないでしょう」

ヒナタは一瞬ぽかんとしてから、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、今日のアルは私のお兄ちゃんだね」

「…………ええ、そうですね」
『お兄様』と、妹の声が聞こえた気がした。


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【鐘の音】【太陽】の続きとなります。

ヒナタ:
召喚されたものの、貧弱で役に立たないと城を追い出された勇者。成長中。

アルヴィン:
ヒナタを放っておけずに騎士を辞めて共に旅をしている青年。勇者を連れ去った誘拐犯に仕立て上げられている。

8/10/2024, 12:01:33 AM