真岡 入雲

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【お題:空が泣く 20240916】


「お母さん、お空がないてるよ」

昨日まで3日続いた嵐は過ぎ去り、今日はこれでもかと言うほどの素晴らしい秋晴れ。
3日間出来なかった洗濯を終えて、涼花は娘と2人で買い物に行こうと駐車場に停めてある、愛車に向かって歩いているところだった。
お気に入りのウサギのぬいぐるみリュックを抱えた娘が、ふと足を止め空を見上げて言った。
娘のその言葉に涼花は首を捻った。

空が泣く、とは?

よく歌詞などで、雨が降ることを『空が泣いている』と表現したりするが、相手は7月に3歳になった幼児だ。
そんな、詩的表現ができる歳ではないだろう。
ましてや今日は秋晴れ、雨など降っていないし、降りそうにもない。

「そっかぁ、泣いてるのか」
「うん、ないてるよ」
「そっかぁ、お母さんにはわからないなぁ」

涼花の娘、千伽は時折不思議なことを言う。
赤ん坊に頃から何もないところを見て笑っていたり、あうあう誰かと話しているようだったりした。
ただそれも、赤ん坊なら普通にあるかと思っていたのだが、言葉を話すようになるとそうも言っていられなかった。
道端でいきなりバイバイと手を振ってみたり、部屋でひとりで遊んでいると思ったら、見えない誰かと会話しているようだったり。
まぁ、子供には大人に見えない何かが見えるとも聞くので、それかな?と思い気にしないことにしていた。
が、今日のは少し気になる。

「誰が泣いてるのか千伽にはわかる?」
「うーんと⋯⋯大きい、お魚さん」
「ん?お魚さん?」
「うん」

魚が、泣く?

ますます分からなくなってしまった涼花は考える事を放棄した。

「うん、そっか。大きいお魚さんか。じゃあお魚さんにバイバイして、お買い物行こうか」
「うん!お魚さん、バイバイ!」

そう言って、涼花と繋いでいた手をブンブンと振る千伽の視線は、先程より若干西側に動いている。

魚、動いてるのか⋯⋯。

ぼんやりとそんなことを考えながら、涼花はニコニコと手を振っている娘を見下ろす。
これはちょっと、旦那に相談した方が良いかもなと思いつつ 、涼花は千伽をチャイルドシートに座らせた。
買い物をするスーパーまでは車で大体10分程度。
その間、千伽はご機嫌で足をパタパタさせながら何やら歌を歌っているようだ。
だが、なんの歌なのか涼花には分からなかった。

店頭に並び始めた新米と、ちょっとばかり価格が上がっている葉物野菜。それから定番のじゃがいも、にんじん、玉ねぎと若干スリムな大根。
その他にも鳥、豚、牛のお肉に、鮭の切り身と牛乳に卵に納豆などなど、たくさん買い物をして帰宅。
1度では部屋まで運びきれなくて、結局3往復もする羽目になり、涼花はソファに倒れ込んだ。

「お母さん、大丈夫?」

可愛らしく小首を傾げて心配してくる千伽の頭をぐりぐりと撫で回し、涼花はソファに座り直した。

「ちょっと疲れただけよ。今日は千伽とお父さんが大好きなハンバーグにするからね」
「ヤッター!ハンバーグ!」

両手を上げてぴょんぴょんと飛び跳ねる千伽はどこにでもいる、普通の3歳児にしか見えない。
しかし、多分千伽には普通の人には見えないものが見えていて、この先それによって苦労もするかもしれない。
今の所怖がる素振りを見せたことは無いが、この先千伽に害を及ぼさないとも言いきれない。

「お母さん、ハンバーグ好き?」
「うん、好きよー」
「赤ちゃん達も、ハンバーグ好き?」

ここで、赤ちゃんはまだハンバーグ食べられないと思う、などと大人の切り返しをしてはいけない。
何せ相手は3歳児だ。

「⋯⋯赤ちゃん達はどうかなぁ、わかんないなぁ」
「そっかー。ざんねんね」
「残念だね」

それよりも、『赤ちゃん達』とはどういうことだろうか。

「あのね、千伽ね、赤ちゃん達大好き」
「うん?」
「お母さんも、お父さんも、大好き」
「⋯⋯お母さんも千伽のこと、大好きよ」
「えへへー」

千伽はぽんっと涼花に抱きつき、ぎゅっと頭を腹部に押し付けた。
そんな千伽の頭を優しく撫でながら、涼花は考える。

『赤ちゃん達』とは?

ん?
あれ、そういえば⋯⋯。
え、でも。
確かアレ、買ってたはず。

「千伽、お母さんハンバーグ作るから。ひとりで遊べる?」
「⋯⋯テレビがいい」
「そうだね。じゃぁ、コレがいいかな」

テレビとは言いつつも、見せるのはYouTubeの自然を撮影した動画やライブ映像で、今日は海をチョイスしている。
再生時間は2時間と43分と長めだ。
大抵の場合、30分もしないうちに眠ってしまうので、涼花としては大助かりだったりする。
千伽はテレビの真正面に、人をダメにするクッションを引き摺って持ってきて、その上に寝そべった。
既に眠る気満々でいるのが可愛らしく、涼花は肌がけを千伽にかけてあげる。
画面には大海原が映し出され、カメラが水面ギリギリを滑るように進んでいた。
キッチンに向かう前に探し物をしていた涼花が目的のものを見つけたのと同時に、千伽が声をあげた。

「お母さん、アレ。大きいお魚さん!」

テレビの画面を見るとそこには、巨大なナガスクジラが悠々と海中を泳いでいるところが映っていた。
大きいお魚、なるほど。

「クジラさんだね」
「クジラさん?」
「そう、凄ーく大きいんだよ。でもねお魚さんじゃないんだよ」
「ふぅん。クジラさん、くおぉぉぉってないてた。楽しそうだったよ」
「そっかぁ、良かったね」
「うん!」

千伽は既に画面に視線を戻している。
その様子を確認して、涼花はリビングを後にした。



「それで、話って?」
「千伽のことなんだけど、色々と話せるようになってきて、やっぱり、って言うかなんて言うか⋯。あの子、視えてるの」
「あー、うん。やっぱそうだよな」

ビールを一口飲んで伸宏は天井を見上げた。
そんな感じはしていたし、否定できるほどその世界に疎い環境で育ってはいない。
むしろ家系としてはどっぷり浸かった家系だ。
ただ、その能力が男である伸宏とは無縁のものだった、と言うだけで。

「その、視えていることに関しては仕方がないと思うんだけど、周りは視えないのが普通でしょ?それを、どうしたら上手く伝えられるかなって。それと今のところは怖い思いはしていないみたいだけど、もしそうなった時どうすればいいか⋯⋯」
「うーん、母さんに相談してみるか」

伸宏の家は女性にそう言う能力が出る家系である。
強い弱いの差はあれど、奥渡家の血を引く女性陣は一般の人に見えないものが視える。
そして、それを生業として続いてきた家系でもある。
因みに今1番能力が強いのは、伸宏の妹である歩乃華だが、彼女は19歳で大学生の身。
よって、それ系の仕事は姉の双葉と母、それと従姉妹の三姉妹が主立って対応している。
ただ、彼女らで対応できない場合は、歩乃華か祖母である百合子が対応している。
千伽が生まれた時、母と祖母は大丈夫だと言っていたが。

「お願いね。それともうひとつ」
「うん?」

涼花が無言で差し出したソレが意味するのは⋯⋯。

「本当に?」

こくんと頷いた、涼花を今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られる。
が、ここは冷静に。

「明日、病院に行ってくるけど⋯⋯」
「けど?」
「千伽が『赤ちゃん達』って言ってたのが気になって」
「ん?どういうこと?」

涼花は伸宏に昼間のことを話した。
そして、千伽の言った『赤ちゃん達』が間違いではなかったことは、翌日行った病院で明らかになった。

それからはてんやわんやで、千伽のこともあり歩乃華が涼花の家に暫く居候することになり、妊婦となった涼花の手伝いで家事をしたり、千伽の世話をしつつ視える世界のことを少しずつ教えたり、伸宏の姉や母や祖母が入れ代わり立ち代わり様子を見に来たりと家は随分と賑やかになった。
そして今日、涼花の家族が2人増える。
男の子と女の子の兄妹が色々と騒動を巻き起こすのはもう少し先の話になるが、伸宏や千伽が嬉しそうに笑っているのを見て、涼花は幸せだな、と小さく呟いた。


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(´-ι_-`) くじらぐも、乗りたかったな

9/17/2024, 4:10:18 AM