・落ち葉の道
公園の木はすっかり冬支度を終えて、足を踏み出すたびにぱりぱりと乾いた音がする。隣を歩く友人は、どんぐり落ちてないかなぁ、なんて足元ばっかり気にしていて危なっかしいったらありゃしない。
「……あ、ミルフィーユだ」
公園の地面に?
「野生のミルフィーユがいてたまるか」
「違うって。落ち葉がさくさくしてるのがそれっぽいじゃん」
そのよくわからない感性に従うのなら、今まさにそのミルフィーユを踏み砕いていることになるんだが、良いのか。
「食べたくなってきた……帰りに買ってこうかなぁ。どっかいい店知ってる?」
「ミルフィーユなぁ……」
小学生くらいの頃、姉のをひとくち貰ったような気がする。よく覚えていないけど、昔から甘味にうるさい姉のことだからそこそこいい店だったんだろう。
朧気な記憶を頼りに駄目もとで検索をかければ、ミルフィーユで有名らしい店はすぐにヒットした。まさかの近所に本店があるらしい。
「お、こっからすぐ近く」
「ほんと?」
やけに下の方から聞こえてくる声に、液晶から目を離して呆れる。
食い意地の張った言い出しっぺは地面にしゃがみこんで、積み重なった落ち葉――本人曰くミルフィーユの層――をかき分けていた。
「で、どんぐり探しの成果は?」
「銀杏ならあったよ」
「捨ててこい」
買ったばかりのスニーカーで踏みでもしたら大惨事だ。
目当ての店は公園を出てすぐに見つかった。ちょっと待ってて、とそわそわしながら木製の扉の向こうに消えた友人に返事を投げ、歩道の端で道行く人をぼうっと眺める。
幼少期の、それも大して味も覚えていない洋菓子の記憶が残っているのは何故だろうか。よほど美味かったと言うならまだしも、特別なことがあったわけじゃ――
「わっ、すごい!」
唐突に、通りを歩く学生らしき集団がはしゃいだ声をあげた。他の通行人にちらりと視線を向けられるのにも気づかない様子で、しきりに空を指差して笑いあっている。
「……お、雪」
つられて曇天を見上げれば、雨とは違う氷の粒がぱらぱら降ってきていた。そういや天気予報で初めての雪になるかもって言ってたな。
「さみー……」
手袋をしてもなお冷える手をポケットに突っ込んで、白い息を吐く。雪だとわかると余計に寒くなってくる。足を止めて初雪の写真を撮る人たちを横目に、鈍色の空に目をやった。
ぽとり。頬に冷たさが当たる。それに呼ばれるようにふっと記憶が蘇った。
そうだ、ミルフィーユを食べさせてもらったのも冬だった。ただでさえ乾燥しがちな時期にあんなぱりぱりしたものを食べれば喉に引っかかってむせるに決まってる。なのにあろうことか姉は苦しむ弟を思いっきり笑って、それが悔しかった俺はケーキのてっぺんに乗っていた苺を奪った。最初に笑ったのはそっちだというのに、大人気なく怒った姉に思い切りを頬をつねられて、半泣きで自室まで退散したわけだ。
「そりゃあ覚えてるわな」
幼い頃のしょうもない喧嘩に苦笑していると、洋菓子店のベルが鳴って待ち人が姿を現す。
「お待たせ〜」
ベージュの箱を持った友人はずいぶんご機嫌だ。ミルフィーユの有名店は、甘いものにうるさい男のお眼鏡に適ったらしい。
「あ、これあげる」
「ん?」
はい、と差し出されたのは粉砂糖がふりかけられたクッキー。なんだ、買ったのか?
「お店の人に貰った。おまけだって」
「へえ……」
いくつか支店を出すくらい大きな店なのに、サービスが細やかだ。いや、だからこそ広く展開していると言うべきか。
「いろいろ種類あったよ。苺とチョコとキャラメルと……」
「お前は?」
「苺とアールグレイ」
「ふぅん。頬を千切られないように気をつけろよ」
「え?」
きょとんと目を瞬かせた男を置いて、雪に濡れてきたコートの肩を払いながら地下鉄に足を向ける。このまま徒歩で帰ったら風邪を引くこと必至だ、傘も持っていないのだから。
「え、それくらい美味しいってこと? 何?」
「ははは」
「怖いんだけど、ねえ」
ポケットに入れたクッキーは焼きたてらしく、手袋越しにじんわりと温かさが伝わってくる。うだうだ言っていた友人も大事そうに箱を抱えて、コーヒーと飲むか紅茶と飲むかを話し始めた。
寒さで赤くなっている頬が千切られませんように、なんて考えつつ、茶葉の種類にまで広がり始めた友人の話に耳を傾けた。
11/27/2025, 8:18:38 AM