「幸せな結末を」
とある女の子が言った。
「私は一人でええ。」
酷く傷つきボロボロになった自身の体を見下ろし
震える唇を強く噛み締め言った。
「泣かんとって」
目には涙が溜まり、溢れてしまいそうだった。
自分に声をかけた言葉なのかもしれない。
「泣かんといてよ」 その声は微かに怯えを含み
微かに空へと響いて消えた。
女の子がいた。
生まれは兵庫県。育ちも兵庫県。
黒色髪を肩の上で切り揃えた髪の毛をなびかせ歩く。
前髪はサイドに分け、いわゆるセンター分け。
服は脛あたりまである黒色に白色の小さな花が書いているワンピース。
海辺を、足を砂に沈めて一人で歩く。
風が潮をのせて吹き、微かに髪の毛を揺らす。
家族はもういなかった。
昔海で流されていった。
一人きり。
彼女は「海」。名前だ。
親を殺した海と同じ名前。
皮肉のように感じてしまったりするが親は海が大好きで、広く夢のある海と同じ「海」という名前がよかったという。
海は学校に行く。
よくみるセーラー服に身を包み高校に行く。
もう支えてくれる人はいなかった。
海辺の学校。窓を開けると潮風に乗ってかすかに海の匂いがする。
先生はいい人。優しくて時には厳しい先生。
「光示先生。今日暇ですか。」
「海。先生は生徒と遊びに行きません。」
何度も海は先生を遊びに誘った。だって好きだから。
「ええやんか。光示先生彼女おらんの?」
「いや居ないけど。」
「なるほど非モテか。」
「海ー。海はいけないことをいいました。」
「ごめんごめん。光示先生。許してや」
「はぁ。今日は親御さんの命日でしょ。早く帰ってあげて。」
「はいはい。親に伝えとくわ。先生と付き合いましたってー」
「やめろやめろ。先生社会的に死ぬわ。」
「へへへ。」
雑談程度の会話。それでもすごく楽しい。
親の命日を知っているのは、今私は3年生で1年のとき
に親が死んだから。
まだまだ私を子供としてみてるけどそれでいい。
先生と笑えるなら。
3年生の教室は1階の端の方。端の方にも門があるから
帰るときはすぐに学校から抜け出せる。
田舎の学校で生徒は少ない。だから担任の先生も
ずっと光示先生だった。
想いを持ち始めたのは親が死んだとき。
葬式のとき式場の外でずっと立っていた。
さすがに入るのは良くないと思った。と言って外に
ずっといた。夏の終わりが近づいているとはいえまだまだ暑苦しいのに。私に言いたいことがあったって。
「海。海は一人になったって思ってる?」
「事実じゃないですか。」
「確かにね。でもね海には僕がいるよ。」
「先生?」
「うん。まだまだ知り合って時間はたってないけど
僕は海を近くで支えていける。」
「先生が?」
「そうだよ。先生も随分昔に親を亡くしてね。
あの頃は辛かったな。一人になったと思って死んだ親をどうして一人にしたんだと恨んでしまったよ。
大好きな親だったんだけどね。自分に嫌悪感を抱くようになったのはその時からだった。」
「今はどうなんですか?」
「沢山の仲間が僕を支えてくれたよ。
はじめは友達に名前を呼ばれるのも一人じゃないと
言ってくる教師も大嫌いだった。
でもねだんだん気付いた。僕は1人じゃないってね。
勝手に1人だと思い込んで、嫌悪感を抱いて。
バカらしくなったんだ。親のことを恨んでもきっと親は気にもしてない。だから嫌悪感を抱くのもお門違いだって。
それに僕がようやく笑えるようになって親友といつもどうり話をしたときアイツの顔ったら。ハハッ。すごく面白い顔してた。」
「そう。なんですね」
「うん。…今は分からなくてもいいから、少しずつ受け入れていってほしい。先生は、友達は、思ってたよりも近くにいて、親御さんたちも好き亡くなった訳じゃない。きっと親御さんたちも海には笑っていてほしいよ。」
私は涙が止まらなかった。
親が死んでから止まっていた私の時間が動き出した。
そんな気がした。
私の背中をさする先生の手がお母さんの暖かい手と
お父さんの少し固くなった手を微かに思い出させた。
これが私が先生に恋したきっかけだ。
今思うとあのときの先生はすごく、かっこよかった。
愛してる。
先生も友達も。町の人も。
高校に入って、新しい友達ができた。
親友と言える友達ができた。
茶色のがかった髪の毛を肩の上で切り揃え、前髪は
頭の上でピンでとめている。いわゆるポンパドール。可愛らしい女の子の「御幸」
大好きでだいすきで、私は今幸せだ。
ある日。
学校で5時間目の授業を受けていたとき。
世界史の勉強で所々寝ている生徒もいた。
今日は歴史の担当である光示先生がお休みで、変わりに新人らしい女の先生が授業をうけもっていた。
突然放送が響いた。
「校庭に怪物が侵入しました。教室にいる先生と生徒の皆さんは扉と窓を直ちに施錠。扉の前に机を重ねてください。生徒は1ヵ所に集まり先生は生徒を誘導してください。全員落ち着いて行動してください。
繰り返します――」
その瞬間緊張感が教室に漂った。
努めて落ち着いて放送する教頭先生の声が聞こえる。
我にかえった先生と生徒が率先して窓をしめ、机を動かす。みんな焦りがにじみ出ている。
だって怪物が侵入してきたら一番に入ってくるのはおそらく端で扉の近いこの教室だから。
施錠し終わり端にみんなで固まった。
カーテンをしめ、扉の方にみんな注目している。
放送がなった。
ジー。
放送がなる前の微かな電子音。
これは避難訓練で何度も聞いた。
怪物が校舎に入ってきたのだ。
ガンッ。ガンッ。
壁になにか金属のようなものが当たる音。
おかしい。いま廊下には誰もいないはず。
ドンッ。ドンッ。
扉を叩かれる。
バンッ。
扉が開いた。鍵をかけていたのにどうして。
この校舎は古くなっていた。だから鍵が壊れたのだ。
そこにはボロボロになった服を着ていて、
金属バットを持った「なにか」がいた。
目は赤く、体は魚と鳥とトカゲと人間が微妙に混じったような容姿。
そうか。これが。
何度も話だけは聞いた。怪物。
怪物はおもむろに言った
「みんなみーんな。死んじまえよ。」
そう言ってバットを振りだした。
それが女の先生に当たった。
先生は床に落ちていった。
キャーッ。
教室が一気に恐怖に包まれた。
どうにかしなければ。そう思った。
微かに持っている勇気を持って。
先生がくれた愛と勇気を。
手を痛いぐらい握りしめた。
「なぁ。あんたさぁ。いい加減にしたほうがええんとちゃうん。」
「はぁ?」
「怪物がなんや。バットがなんや。
あんた生臭いなぁ。生ゴミでも食ったん。」
「はぁ?」
私は走り出した。これでも陸上部エース。
扉を抜けて校庭に走っていった。
授業で習った。怪物は圧倒的な身体能力をもっている。きっと殺されてしまうだろう。
怪物は狙い通り私を追って校庭にでてきた。
どうやら今の世のなか「愛奪還組」とやらがいるらしいがきっと間に合わない。
すると3年生の教室の窓が開いた。
「海―。待ってよっ―」
御幸だ。叫ぶような声だ。泣き声混じりだ。
私は答えた。
「御幸―。生きてや」
この声は御幸にとどいただろうか。
私は自分に訴えるようにいった。
「私は私という物語が最後に「幸せ」で締め括られるなら。私は一人でもええ。一人で逝ってもええ。」
「泣かんとって。」「泣かんといてや」
涙が溢れてしまいそうだ。
どうかどうか御幸がたっくさん生きられますように。
光示先生も私の勇姿を聞いて惚れ直してくれるかな。
なんて考えたり。
「幸せやったなぁ―――」
怪物は校庭の真ん中で立ち尽くした。
血まみれになった。体とバット。
立ち尽くしている間に愛奪還組が到着したようだ。
大きなゴーグルを着けた男が怪物を銃で撃ち抜いた。
怪物は呆気なく倒れていった。
その横から黒い長い髪を高い位置で一つに括り、男の子と同じ大きなゴーグルをかけた女の人が髪をなびかせ走っていった。
「ごめんなさい。」
女の人は動かなくなった海を抱き泣いた。
女の人の隣で男もその隣で拳を握りしめた。
これを御幸は目に焼き付けた。
黒髪の女の人はもう亡くなっているのだとは知らずに。
御幸は産まれながら死んだ者が見えるのだ。
その後光示先生は海の話を聞き、
瞬きすることなく、涙を流したという。
先生の左手薬指には新品のような指輪が光っていた。
初めてだった。愛奪還組に自ら志願する者は。
17歳。
訓練をすることなくすぐに戦場へ行く事になった。
「御幸」 銃を扱う男の隣で拳をふるう。
生まれ持った力を発揮し、愛奪還組にてエースである
春来の横で言葉通り拳を振るった。
生きるため。海の愛を受け継ぐために。
3/30/2026, 12:53:33 PM