あたかも、夢見る少女のように、その中年のおっさんは、ショーウィンドウの向こうを見つめていた。
新車が並んでいるカーディーラーのショールーム。
それは、汚れや傷ひとつないボディを自慢気に輝かせて、最新モデルであることに誇りさえ感じさせるような佇まいで。
単なる鉄の箱なのにな…いや、走る鉄の箱、か。
…いやいや、走って、いろんな場所に連れて行ってくれて、たくさんの思い出を作る手助けをしてくれる、カッコよく作られた鉄の箱、だ。
これを人は、マイホームの次くらいに高いお金を差し出して、手に入れる。
まさに、夢見る少女が憧れる男性のような、手に入れ難いが諦めることの出来ない、そんな存在が新車だ。
そーいえば昨今、ガソリン代も高騰していて、高額な買い物だけに、消費税の減税の行く末も気になる。
そんな現状に抗ってでも、あの神々しい鉄の箱を我が物にしたい。
いっそのこと、夢は夢で終わらせて、23年乗り続けている今の車が、完全に沈黙するまで付き合っていこうか。
それこそ、いろんな場所に連れて行ってくれて、たくさんの思い出を作る手助けをしてくれた、私の愛車だ。
まだまだ走れるのなら、手放したくはない。
夢見る少女だっていつかは、憧れを憧れのままで終わらせても、現実の暮らしの中で、自分に合ったパートナーを見つけて幸せを手に入れるはずだ。
そのパートナーと、永遠の愛を誓い添い遂げる…そーか、「死が二人を分かつまで」…か。
ならばやはり、今の車が動かなくなるまで、付き合っていくべきか。
その中年のおっさんは、ショーウィンドウの前で夢見た挙句、結局一番現実的な結論へと辿り着いた。
こんなもん、単なる鉄の箱じゃないか。
そりゃ、最新システムの安全性能たるや、今後認知が衰え始めるおっさんには魅力だが…。
もしくは、夢見る少女だって、場合によっては妥協するかもな。
もう少しランクを落として…現実的に手が届くところで交渉する。
いや…現実的といったところですでに夢見てないな。
ああ、もうやめよう。
なんで私は、自分の車選びの苦悩をこんなところに書いているのか。
夜も更けて、帰宅した中年のおっさんは、浅い眠りの中で新車購入の夢など見ながら、就寝。
その寝顔は、まるで夢見る少女のように…。
6/7/2025, 7:15:49 PM