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この世界は存在するに値しない。

根城であるマンションの最上階で爆弾魔は『世界』を見下ろしていた。
つまらなさそうに見つめるその先には、学校、会社などの誰かにとっての世界が広がっている。
この爆弾魔も元は仲良しグループ世界の住人だったが、排斥された今、彼女は世界の外で世界を見つめる観測者に等しい。
ああ、引け目で見てみれば、案外ずっとつまらない世界である。
必要性を嘆いた彼女はこの世界に爆弾を落とすことにした。

背後の鉄柵を突き飛ばそうとしたその時だった。
往来にしゃがみ込むセーラー服の少女が見えた。枯れた花にペットボトルの水をやっている。
優しさだ。私の欲しがったものだ。
弾かれたように鉄柵を飛び越えて、セーラー服の爆弾魔は走り出す。
この世界に落ちるはずだった爆弾は、彼女自身であった。彼女が死ねば、彼女にとって世界は滅びたに等しいのだから。
量子力学に「この世は観測されるまで存在しない」という言葉がある。言わば彼女の世界にはこれまで、他人の心は存在しなかった。誰も人の心を知らないのだから当然だ。しかし、今日彼女は想像した。枯れた花に水をやる人の心を。
そう、少女はまた教室という64平方メートル世界の住人に逆戻りしてしまったのだ。
羊皮紙が机に叩きつけられる。
「いやはや、この世界は削除だな」
そう神は呟いた。
そこに何があろうと、世界の外から見れば存外他人事である。
【優しさ】2024/01/27

1/27/2024, 2:20:23 PM