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残業後対話篇 ~愛と平和と恋と革命~(テーマ 愛と平和)

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 これは、西暦2020年を超えた日本の、ある会社での、一人の会社員の、残業が終わってから帰宅するまでの心の中の話。ひどく狭い範囲の話。

 会社員こと私が、『イマジナリーフレンド』と呼んでいる想像上の友人と、内心で話し合うだけの物語だ。

 もう40も過ぎた独身男の、痛い独白の話だ。

 イマジナリーフレンドは、私の想像上の存在だからして、私の内心は言葉にしなくてもわかるし、イマジナリーフレンドの考えることももちろん分かる。

 なにせ、私が考えているからだ。

『何の意味があるのかは、わからないけどね』

 今日のテーマは、戦争と平和。いや、愛と平和について。



(いや、そんな壮大なこと考えなくてもいいよ。疲れたから帰ろうよ。)

 パソコンを閉じる。タイムカードを切る。今日も一日お世話になったコーヒーカップを洗う。

 頭は仕事で酷使されて疲れ切っている。難しいことは考えるのがつらい。

『きみ、学生の頃はこういうの考えるの、好きだったじゃん。大人になるとすっかり丸くなったというか、日和ったというか。』

(自分の能力の限界を知っただけだよ。世界をどうこうする力なんて無くて、ただ、自分の生活を守ることすら難しい。毎日夜遅くまで働かないと、行きていくことすらできない。)

『愛と平和。大事でしょ。』

(大事だね。特に平和は。戦争なんかになったら、会社で給料をもらって日々暮らすことすらできなくなるかもしれないし。ミサイルが飛んできて会社が物理的になくなることも考えられる。愛は・・・。まあ、大事なんじゃない?関係ないけど。)

『もう自分の人生に関係ないと思って、投げやりになってるね。』

(40過ぎて独身だとね。愛はもう縁が無いかな。)

『恋と革命、若いときには憧れてなかった?』

(若い頃のそういうのって、はしかみたいなもんでしょ。誰もが通る道だよ。)

 ふと、思う。

(いや、革命は今でも切に求める。DXだよ。デジタルの力で夢の定時帰宅だよ。)

 そう。改善と仕事の改革は諦めてはいけない。

『革命ってそういうのだったっけ?きみ、話の規模がちっちゃくなったよね。』

(それが大人になるっていうことだ。)

『大人でも、平和のために活動している人、結構いるじゃん。きみもやってみたら。』

 ここ広島では、毎年夏になるとそういう活動がちらほら見えることは確かだった。



 平和を歌で実現しましょう。
 そういう運動もある。

 平和を行進で訴えましょう。
 そういう運動もある。

 平和を署名で訴えましょう。
 やはり、そういう運動もある。

 そういう意思を示すことは重要だ。
 しかし、意思を示す以上のことは、歌にも、行進にも、署名にもできない。
 もしかすると、その意思が国民の半分以上になれば、民主主義の国だ、なにか大きな力になるかもしれない。

 ただし、それは内部への力であり、外部、特に外敵に対しては無力だ。

 例えば、他国で志を同じくする人が同じく平和を訴えて、戦争しないようその国に訴えるのであれば、効果はあるかもしれないが。
 
 相手が強盗をすると決めている場合、無抵抗では奪われるだけなのだ。

 抵抗しないという主張であっても、せめて逃げなければ。

(参加しても成果はでないから。暇ならともかく、さ。こちとら、仕事だけで精一杯の人生だし。)

『えー?じゃあ、きみはあれか。愛と平和においては、愛は諦め、平和は自分には何もできないと放置。恋と革命については、恋はやはり諦め、革命については仕事が楽になる改革のみを求める、と。』

(まとめてくれてありがとう。)

『ちょっと情けないと思いませんか。』

(いや、現実的に考えようよ。むしろ真っ当な結論じゃん。)




 「恋と革命のために生まれてきた」とは、太宰治の「斜陽」で使われた言葉だった気がする。太宰先生がさらにどこかから引っ張ってきていたら知らないが。

 「恋と革命」とは、つまり、恋=普通ではない状態と、革命=世界を変えるための行為のことである。
 争いと密接に関わっている気がする。

(皆が「恋と革命」に身を投じたら、性犯罪とテロの頻発するカオスな世界になってしまう。)

『ラブ&ピースって言葉があるくらいなのにね。』

(愛って英語で何だっけ?)

『ラブ』

(恋って英語で何だっけ?)

『ラブ』

(・・・。ラブとピースって、関係なくない?)

『恋と革命も、そういえば関係ないよね。』


 それからしばらく大して意味のないやり取りをして、結論は平和のためには『和を以て尊しとなす』であった。

(和。それのみ。愛、恋は不要。革命はもってのほか。)


 そもそも、愛、他者への深い感情を重視すると、戦争や争いによって人が傷つき、死んでしまったら、その人を愛している人は、仇を討ちたくなるだろう。
 大事に思っているから。

 そして、仇を討つと、今度はその人を大事に思う人が、またこちらを恨みに思う。
 永久に恨みの連鎖だ。

 愛によって、戦争は終わらなくなる。


 戦争は終わらせることの方が難しい。

 平和は、維持することに努力を必要とする。

 愛と平和は、両立が難しい。
 極めて難しいことを要求しているのである。

『まあ、結局、恋も革命も愛も無関係の年になっちゃったからね。』

(せめて平和くらいは維持したいものだよね。)

 22時を回った会社から帰宅しながら、戦争はもちろん、災害も起きないことを切に願って私は帰宅する。

 願うだけでは、何の意味もないことはわかっているけれど。

3/11/2024, 11:33:01 AM