ほとと

Open App

「なんで…こんな魔法ばかり使うんですか?」
そう問うのは継ぎ接ぎだらけの魔法着に身を包んだ私の弟子、テティである。
「こんな魔法って…どんな魔法かい…?」
検討はついていたが聞いてみれば、
「もうっ!決まってるじゃないですか。」
と、少しむくれたような声でテティは続ける。
「虹を出す魔法とか、四葉を見つけやすくする魔法はまだ分かりますよ?いかにも幸せ感ありますから。でも…蝶々を飛ばせる魔法に、朝露が光る魔法…極めつけは、これです!!寄り道がしたくなる魔法!!誰が得するんですか…?これ。行きたかったら勝手に行きますよ、普通。」
そう述べ終えて少しは気が済んだのだろうか、テティはキノコのソファに勢いよく腰掛けた。お下げにされてなお癖を主張する彼女の赤毛が、キノコの弾力性を受けてぴょんと揺れるのを横目に、私は溶かした魔力をぐつぐつと煮る手にぐっと力を込める。その様子を見ていたのだろうか。テティがまた言う。
「そんなに熱心に混ぜなくてもいいんじゃないですか?実際、師匠様の魔力の純度は相当高いですし。数秒あればほぼほぼ完成みたいなものなんじゃ…」
そう呟くまだお子様な弟子の姿を見ていると、なんだか悟ったように物事を語りたくなってしまうものだ。
「『ほぼほぼ』じゃだめなんじゃ。じぃっくり煮込みきらないと、意味がない。」
「意味って…。」
「ささやかな幸せ、じゃよ。」
何が何だか、といったテティの表情に、近々課外学習が必要だろうかと思いながら魔法を小瓶に詰めていく。
「散歩中にふと足元で蝶々が飛んでいた、猫が尻尾を絡ませてきた。かがんでみると、きらりと朝露が挨拶をしてくれる。そんな些細なワンシーンの彩度を少しでも高くする…。それだけのプレゼントで、人間は生きているのが嬉しくなるんじゃよ。」
一瞬考え込むような仕草を見せたあと、
「じゃあ、寄り道は?」
とテティは言った。彼女は何時でも真面目でいい子だが、感性はまだまだだなと思って微笑んでしまう。
「テティの言う通り。行きたい者は行けば良い。じゃがなぁ、行きたい訳ではないけれども、寄り道を求める人は多いんじゃ。不思議じゃろう?でもそんなもんじゃ。人は愚かですぐに道を見失い、迷っているうちに自分の生きる意味を見失ったりするのじゃよ。」
「そんなときに1番いいのが寄り道じゃ。いつもと違う風景、出会い、空の色。それらがひとつになって、その人の生きる意味になったりするのじゃよ。」
ふーん…?と、分かったような分からないような声を出して、テティは小さな窓を開けた。
「じゃあ…この小さな星空も、私たちが生きている意味の1つ…ってことであってます?」
背を向けた私に返答をもらうのを諦めたらしい、テティは窓の外の星を眺める。
「あっ、流れ星……!」
そう呟いた直後、見てました!?と興奮気味に問いかける彼女の相手をしながら、たった今空けたばかりの小瓶を引き出しにそっと隠した。

4/27/2024, 11:11:18 AM