東の飯屋に恋する男

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この場所で





木々に囲まれ、小さな川が流れ、雨の街の都心から少し外れた所にポツンと建っている小さな一軒家。
首都とは思えない程穏やかな時間が流れるこの場所で、魔法使いのネロと人間のヒロが共に暮らしている。
北の国に生まれ盗賊して長い時間を過ごしてきたネロにとって、この暮らしはどこか夢のような感覚だった。地に足が着いていないような、ふわふわした心地。まるでこれまでの自分と今の自分が別人であるのかと思う程に、過去の自分からは想像出来ない日々を送っている。


目の前ではちみつ入りのミルクを飲んでいるヒロを、ネロはコーヒーを片手に頬杖をついて見ていた。
数ヶ月この生活をしていて気付いたことがある。ヒロは掌の皮膚が薄く、触れると猫の肉球のように柔らかい。その所為で感覚が鋭いのか、熱いものや冷たいものを持つことが出来ないようだ。赤ちゃんみてえ、という感想は胸の中にしまっている。そして重度の猫舌である。熱い飲み物が飲めるくらいになるまで程々に冷めるのを待っているうちに、作業に熱中して飲み物の存在を忘れ、熱かった飲み物が完全に冷め切るという流れをこの数ヶ月で何度目にしたかわからない。
そんな彼が今飲んでいるはちみつミルクは、ネロが用意した掌に熱が伝わりにくい分厚いマグカップに、ネロが調節した熱すぎず飲みやすい温度のものになっている。軽く吹き冷まし、小さな一口で飲んでいる様子を見守っていると、それに気付いたヒロに「見すぎ」と釘を刺された。まだあのはちみつミルクはヒロには熱いみたいだ。次からはもう少し冷ましてみようなんて考えながら、ネロはコーヒーを啜った。


繊細で気の回るネロは、誰かと共に過ごすのは気疲れしてしまう為あまり得意ではない。しかし、既にヒロと共に過ごすこの時間が嫌いではなく、むしろ心地いいと感じている事にネロは自分でも気付いていた。
この場所でこれからも、彼の短い人生を見守っていけたらいい。そう思ってしまうくらいには。

2/11/2024, 4:28:04 PM