仕事帰り、いつものように弁当を買いにコンビニへと寄る。
毎日毎日遅くまで仕事をするので、自炊する気力も時間もない。
前回早く帰れたのはいつだったか
もう思い出せない。
家に帰っては、すぐ布団に入る日々。
休日は休日で、疲れた体を休めようとやはり一日中寝ている。
お金があっても、どこにも行けない人生。
俺の人生とは一体何なのであろう?
そんな刺激のない人生で、唯一楽しみなこと――それが弁当選び。
小さな箱の中に作られた、美しい世界。
それを『どれがおいしいだろう?』と吟味するのが、何よりも充実した時間だ。
しかし目の前にあるのは、売れ残った幕の内弁当一つだけ。
今日は仕事が長引き、いつもより遅い時間に来たからだろう。
選ぶ楽しみがないが、残っている時点で幸運なのだ。
すっきりしない思いを抱えながら、売れ残った弁当に手を伸ばす。
だがその手は弁当に届く事は無かった。
「「あ」」
俺と同じように弁当を取ろうとした女性の手と、俺の手が不意に重なってしまったからだ。
「すいません」
条件反射で頭を下げる。
だが女性はなにも言わなかった。
もしかして怒らせた?
俺はビクビクしながら女性の顔色を伺うと、女性の方も驚いた顔をしていた。
「もしかして……
お兄ちゃん?」
お兄ちゃん?
だが俺に妹はいない。
『人違いですよ』
そう言おうとして、俺は思い出す。
妹はいないが『お兄ちゃん』と呼ぶ女の子はいたことを。
「もしかして、順子か?」
小学生の時、仲のいい女の子がいた。
隣の家に住む3歳年下の女の子で、俺によくなついていた
その子は俺の事を『お兄ちゃん』と呼び、俺も可愛い妹が出来たみたいで、よく一緒に遊んでいた。
本当の兄妹みたいに仲の良かった俺たちは、ある日離ればなれになった
順子の親の海外出張が決まったのだ。
それ以来、俺たちは出逢うことなく今に至る
「奇遇だね」
「ああ、びっくりしたよ」
「お兄ちゃん、元気だった?」
「仕事が忙しくて、毎日へとへとだ。
順子はどうだ?」
「私も同じような物かな……」
順子は力なく笑う。
子供の頃の、順子のヒマワリのような笑顔の面影はどこにもない
よく見れば目の下にクマが見える。
順子も苦労しているようだ。
けれどそれ以上会話が続かない。
言いたい事、聞きたいことがたくさんあるのに、なにも出てこない。
子供の頃、大人が呆れるほどお喋りをしていたというのに、今は世間話すらできない。
会えなかった空白の時間は、俺たちを他人にしてしまったかのようだ。
時間は残酷である。
とはいえ、ずっとこのまま立っている訳にもいかない。
この気まずい空気を何とかしようと、俺はなんとか言葉をひねり出す。
「弁当を持って行っていいぞ。
俺は大丈夫だから」
「いいの?
でもお兄ちゃんは?」
「家に帰れば非常食のカップ麺あるんだ。
たまにならカップ麺もいいもんさ」
「そっか……
じゃあ甘えて――
あれ?」
順子が間の抜けた声を出す。
弁当の方へと目線をやると、さっきまであったはずの幕ノ内弁当はどこにもなかった。
二人で戸惑っていると、レジから『チーン』とレンジの音。
レジの方を見れば、客が幕の内弁当を受け取っているのが見えた。
どうやら二人で話し込んでいる間、弁当を取られてしまったらしい
「ふふっ、お弁当取られちゃったね」
順子がおかしそうに笑う。
子供の頃と同じ、屈託のない笑顔。
「ああ、取られちゃったな」
俺もつられて笑う。
「あーあ、どうしよう。
私、お腹が減って餓死しちゃう」
と順子が目線を送ってくる。
ああ、懐かしい。
これは順子がおねだりするときの顔だ。
「じゃあ、俺のうちに来いよ。
カップ麺ならある」
「じゃ、お言葉に甘えて」
順子は俺の腕を取る。
「早くいこう」
順子は俺を、力強く引っ張っていく。
これも懐かしい。
よく順子に引っ張られて、遊びに連れていかれたっけ……
大抵はろくでもない目に会ったが、今となってはそれも懐かしい。
「分かったよ。
だから引っ張るな」
確かに俺たちは長い時間を失った。
でもそれが何だというのだろう?
過去は変えられない。
けれど神様の悪戯なのか、俺たちは再会することが出来た。
だったら、二人でまた一緒に思い出を作っていけばいい。
俺が心の中で決意していると、順子はクルリと回ってこちらを見る
「これからもよろしくね。
お兄ちゃん」
彼女はヒマワリの様に笑っていた
11/17/2024, 1:09:39 PM