Yushiki

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 泣かないで、と。
 そう言うべきなのだろうか。
 けれど、どんな言葉を掛けたとしても、いまは虚ろな目をした彼女の耳を、素通りしていくだけだろう。だって彼女は突然、何の心の準備もなく、大好きな家族を全員亡くしてしまったのだから。

 その喪失感と悲しみは、僕なんかが推し量れるものではない。確かに今の僕にも家族と呼べるものはいないけれど、家族とのあたたかな想い出がある彼女と違って、僕の場合はこの生きてきた人生のなかで家族という存在がいたことすらない。
 だからそれを失う悲しみなど、最初から想像することもできやしなかった。

 だから僕は言葉を掛ける代わりに、家族が眠る棺のひとつに縋り付くように座り込む、彼女の背後にそっと近づき、その震える細い背中をポンッと柔らかに叩く。
 彼女はゆっくりとこちらを振り返り、触れる相手が僕だと気付いたら、泣き濡れた視線を再び戻して俯いた。苦しげに漏れる嗚咽を、僕はただ黙って聞いている。
 これは彼女には言えないことだけれど、残念ながら僕の胸に悲しみは去来していない。彼女の母親と妹さんには、何度か顔を合わせて言葉を交わしたことがあったはずなのだけれど、生まれた時からすでに感情というものが他の人より欠落している僕は、どうしても彼らを思い浮かべて悼むことができなかった。

 こんな僕が彼女の隣にいていいものかとも考えるが、こんな僕しか今は彼女の隣に寄り添ってあげられる人間がいなかった。

 彼女は僕と違って感情も豊かで、人を思い遣れる心も持った素晴らしい人なのに、人よりも少しその感情を表現することが苦手で、内気な性格でもあったから、彼女にとっての学校の友達は僕ひとりだけだ。彼女の親戚らしい人達は葬儀に参列しているが、彼女とは二言三言話しただけで、すぐにどこかへと行ってしまった。

 別に文句があるわけではないし、誰かにこの場所を代わってもらいたいと思っているわけでもない。ただ少し戸惑ってはいる。僕は物理的に彼女に寄り添うことはできても、きっとその心までもを包んであげることはできないのだから。

 そんなことをぐるぐる思考していると、行き場をなくしていた僕の手に、いつの間にか彼女の手が絡まった。彼女は僕を振り返らずに未だ俯いたままだったけれど、僕の手の指先をきゅっと握り込む。

 僕はただ無言でそれを受け入れる。

 もしも彼女が突然いなくなったら、僕はこんなふうに泣けるかなと、泣いてあげられるかなと、そんな一抹の不安を抱えながら。



【突然の別れ】

5/20/2023, 4:51:46 AM