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包丁で手を切った時、痛みを感じなかったんだ
無痛症じゃない、ただ、無情の空間に放り投げられたような感覚だった
それから、何年経っても、傷ができる時に伴う痛みを感じなくなった
友に裏切られたときも
親に捨てられたときも
人が死んだときも
可愛いペットが食われたときも
背中に蝶を彫られても
何も、何も感じなかった
痛いはずなのに痛くない
それがとても苦しくて、浴槽の壁に、檻を重ねて泣いたんだ
僕の心はいつもひとりぼっちだった
たまに手を差し伸べてくれる人もいたよ
でもね、その人は一定範囲でしか関わろうとしなかった
あの日。きっと僕は、最後の痛みを感じたんだろうな。あれ以上の痛みは、僕の生涯には存在しなかった。だから、痛みを忘れたんだ

7/31/2024, 2:18:29 PM