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父の目を盗み、私と同じくらいの歳のメイドの手を引き、最近見つけた花畑を目ざして走る。君がいつも綺麗な花を愛でたり、それをまるで閉じ込めるかのように画にする君。

そうやって花を楽しんでいるその瞬間の君はこの世の誰よりも華があって、それを見るのがすごく好きだった。だから、綺麗な花一面の景色を見た時、君がどんな反応をするか気になった。

「うわぁっ!」目を輝かせ、口元に手を当て明らかに喜んでいる君を見て思わず頬が緩む。あぁ、連れて来た甲斐があった。

気づくと君は無邪気に花畑の中に駆けて行っていた。それから、一輪一輪の花に目を配らせている。その姿がまるで花の妖精の様でどきりとした。

「今度また、スケッチブックとか持って来て、ここで絵を描いてみたいです!」
君はここに咲いている花よりも負けず劣らずの笑顔でそう言った。

そう言う君の周りにはスノーフレークや、フリージアが咲いていて。以前、読んだことのある花言葉の一覧が載っている本を思い出した。どちらも彼女に見合った花言葉で思わず胸が高鳴る。

「…もうそろそろ帰らなきゃいけないかな」
あぁ、もうそんな時間なのか。今日はここに来て何も出来ていないのに。せめて、せめて君に一輪だけでも花を贈らせてくれ。この場所に初めて来た時。君をここに連れて来た時はこれを渡すと決めていたんだ。

その目当ての花を見つけると、丁寧に摘む。そして、渡してもう帰ろうと思った瞬間、綺麗な花を名残惜しそうに、儚い瞳で見つめる君を見て、君が花畑に吸い込まれてそのまま消えてしまいそうで、怖くて、直ぐに君の傍に駆け寄って手を握った。こういうのを在る島国では『桜に攫われる』と言う言葉があると友人に聞いたことがある。兎に角そうなってしまいそうで無性に怖かった。

「ど、どうしたんですか?」
俺ははっとして思わず手を離した。
「あ、あぁ、すまない。最後に君に渡したいものがあってな。」
そう誤魔化すと私は二輪の花を君に差し出した。
「わぁっ!ブーゲンビリアとアネモネですね!」
「あぁ、よく知っているな。初めてここに来た時、目に止まってな。君に渡そうと思っていた。」
「本当に綺麗ですね。ありがとうございます、大切にしますね!」
そうやってまた無邪気に笑う君はやっぱり花よりも華があって美しいと心の底から思った。

美しいものは、きっと美しいものを好むから。君がいつか、またこの花たちやそれ以外のものに攫われそうになっても。君をこの手で守りたい。

9/17/2022, 1:56:23 PM