凍てつくような白い息を吐き出しながら、ひたすらに北へ進んでいく。かつての彼の姿を追うように、残影に縋るように、ひたすら。
人形と見紛い、いっそ不気味なほど整った容貌。他の誰より高い身長に、靭やかで細身だがしっかりと引き締まった筋肉質な体躯。かつての友であろうと敵になったら容赦しない冷徹さに白銀の髪にアイスブルーの瞳も相まって、軍学校時代、彼の渾名は人呼んで「冬将軍」だった。
その名を冠するだけあって、彼は冷たい人間だった。他人に興味など無く、関心を向けるのは自国の勝利と栄光のみ。多くの者が街へ出かけるような、軍学校の数少ない休日さえも訓練に明け暮れるような人だ。冬将軍の名は伊達ではない。
そんな彼と俺が出会ったのは、彼の名によく似合う冬の日だった。俺は人と話すことが好きだったし、軍学校に入ったのだって体を動かすのが好きで、たまたまそれが優れていたからだ。彼のような大層な理由も、大義も無い。南方の出自であった俺は、持ち前の多弁に黄金色の髪、褐色の肌、そして橙色の瞳。俺は、彼と対を成すように「太陽」と呼ばれた。何もかもが対局的で、実力による2人ペアの実戦訓練で彼と組むことになった時は本当に嫌で嫌で仕方なかった。
けれど、話すうちに彼が冬将軍なんかじゃなく、普通の、俺と同じように生きる人間なのだと分かっていった。北国の将軍家で生まれたらしい彼は、母親の作る芋のスープが好きらしい。いつの間にか俺達は惹かれ合い、高め合い、やがては月と太陽に例えられるほど強い、最高のバディににった。
なのに。皮肉にも彼は、真夏の日差しの中で散っていった。冷酷な冬将軍だった彼は、いつか俺に似ていると言った太陽の真下で死んだ。あれだけ冷たかった彼は、俺と交流するうちにその氷を溶かしていったらしい。同期の仲間を庇って死んだと、出撃直前の俺に伝えられた。
そこからは、よく覚えていない。気が付けば玉座の間で英雄として勲章を与えられ、冬将軍の友として名誉の二階級昇進を遂げた軍服を代わりに受け取った。
太陽だった俺はその日、間違いなく死んだ。あの剣技への燃え上がるような情熱も、彼を溶かした温もりも、きっと今の俺にはもう無い。
動かなくなっていく手足を見下ろして、その場に座り込む。かつての彼を、冬将軍を追いかけて北へ逃げ続けた俺は、かつての彼と同じような顔をしているのだろう。
ひたすらに、ただひたすらに冬へ進み続ける。どんな剣技も、どんな勲章も、彼が居なければ価値がない。
彼が守った自国は真夏。冬将軍は、もういない。
テーマ:冬へ
11/18/2025, 8:01:38 AM