入道雲

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初恋は、高校1年生の時の担任の先生だった。
 背丈とか声とかさらさらした髪とか意外と細い指とか、思春期の僕にとってソレは身近に感じられる人間の仕草であり同性の仕草だった。初恋は叶わないなどとよく言ったものだ、僕は今でも彼が好きだ。当時彼は31歳だったから、今は36歳だろう。随分と年齢差があるけれど、そんなのどうだってよかった、叶うことならまた彼に会いたい。
 そんな願いは、先日、最悪の形で叶ってしまった。
四角い箱の中に眠る彼は当時からなんら変わりない、皺ひとつも増えていないのではないかというくらい変わりのない姿だった。背丈は低いままだったし、髪は白髪もなかった。指はよく見ると荒れていて、でも細いままだった。喉仏は男性らしく出っぱっていてこの声で何人もの生徒を社会に送り出したのかと思うと、感慨深いような、よく分からない感情になってしまって泣こうにも泣けなかった。
 葬儀終わりに同級生たちと集まって、出来ていなかった同窓会をやろう、という話になった。一人が卒業アルバムを持っていているからとみんなで集まってみた。みんな、成長したねーって話してこのときああだったねーって話した。先生の顔は記憶の中の先生よりもずっと若かった。
「先生、こんなに若かったっけ」
僕が口に出すと同級生は「先生、このときめっちゃ若かったよねぇ」と笑って返してくれた。
ああ、僕は初恋を随分ときらきらした思い出として扱っていたようだ、とそのときに気がついた。
「また先生の声聞きたかったよね」誰かが言って、
「そういえば先生、音痴だった」誰かが言って、
「たまに出す大声にびっくりしたなぁ」誰かが言って、
「卒業式の日、先生泣いてなかった?」誰かが言って、
「体育祭で優勝した時も泣いてた」誰かが言って、
「文化祭でも泣いてたよ」誰かが言って、
「意外と涙脆いよなあ」誰かが言って、
「先生、5年間でだいぶ老けてたね」僕が言った。

僕は思い出を輝かせすぎていたのだと実感して気がついた。
やっぱり僕は先生が好きだった。目を細め笑う姿が好きだった、木が揺れる音のようなあの透き通った声が好きだった、低身長をいじられてうるさいという表情が好きだった、やっぱり若かった先生も、老けた先生も僕は大好きだった。
 これは恋だ、終わった恋だ。
だけど終わったからーって水に流すわけじゃないし先生を忘れるわけじゃない、ただ、この初恋は一つの物語としてどこかにしまっておくだけ。

長い恋物語に終止符打ちます。
アルバム閉じて、さよなら、せんせ。

5/18/2023, 12:04:41 PM